小規模宅地等の特例とは――宅地の評価額を最大80%減額する制度

小規模宅地等の特例とは、亡くなった方(被相続人)または被相続人と生計を一にしていた親族が、住まいや事業のために使っていた土地を相続したとき、一定の面積までは相続税を計算するうえでの評価額を50%または80%減額できる制度でございます。租税特別措置法第69条の4に定められており、実務では「小規模宅地」「居住用の80%減」などと呼ばれます。

そもそも、なぜ宅地だけがこれほど手厚く扱われるのでしょうか。理由は、土地は被相続人や残されたご家族の生活そのもの・生業そのものを支える基盤だからでございます。預貯金や上場株式と違い、自宅の土地を相続税の納税のために売却してしまえば、配偶者や同居していたお子様はその瞬間に住む場所を失います。お店の敷地を手放せば、事業を続けてきた家族の収入源が断たれます。「相続税のために生活基盤を取り崩さなければならない事態を避ける」――これが小規模宅地等の特例の根本にある考え方でございます。

[本記事の前提知識について]
本記事は、小規模宅地等の特例に絞って解説いたします。そもそも相続税がかかるかどうかの境界線である基礎控除については「相続税の基礎控除「3,000万円+600万円×法定相続人」、申告が必要なケースの完全ガイド」、相続税額そのものの計算手順については「相続税の計算方法、税率の速算表と「法定相続分課税方式」3ステップ完全ガイド」、配偶者の手厚い軽減制度については「配偶者の税額軽減、1億6,000万円まで非課税のしくみと「二次相続」の落とし穴」で詳しく扱っております。あわせてご覧いただくと、本特例の位置付けが立体的に理解できます。

対象となる4種類の宅地等――限度面積と減額率の早見表

小規模宅地等の特例の対象となる宅地等は、用途によって次の4種類に分かれます。減額の効果が大きい順に、それぞれの限度面積と減額率を整理いたしました。

区分 用途のイメージ 限度面積 減額率
特定居住用宅地等 被相続人または生計一親族の自宅の敷地 330㎡ 80%
特定事業用宅地等 個人事業の店舗・工場・事務所の敷地 400㎡ 80%
特定同族会社
事業用宅地等
被相続人が支配する同族会社に貸していた事業用地 400㎡ 80%
貸付事業用宅地等 アパート・賃貸マンション・駐車場の敷地 200㎡ 50%

表のとおり、もっとも効果が大きいのは特定居住用宅地等の「330㎡まで80%減額」です。坪に直せばおよそ100坪ですから、都市部の一戸建てや郊外の中規模住宅であれば、土地のほとんどが減額対象に収まる計算になります。事業用の宅地は限度面積が400㎡とさらに広く、貸付事業用はやや絞られて200㎡・50%です。

小規模宅地等の特例による減額のイメージ
= 宅地の評価額 × 限度面積に対応する割合 × 減額率(50% または 80%)
 → 結果として残った価額をもとに相続税を計算
根拠:租税特別措置法第69条の4第1項・第2項

たとえば自宅の敷地が200㎡で、路線価による評価額が8,000万円のケースでは、200㎡は限度面積330㎡の範囲内に収まりますから、敷地全体に80%減額が適用されます。減額後の評価額は8,000万円×(1-0.8)=1,600万円。元の8,000万円が1,600万円まで圧縮されるわけですから、特例があるとないとで相続税の額が大きく変わることがおわかりいただけると思います。

特定居住用宅地等の3つの取得者パターン

4区分のうち、もっとも使われる頻度が高く、もっとも誤解の多いのが特定居住用宅地等でございます。これは「被相続人または被相続人と生計を一にしていた親族が居住していた建物の敷地」が対象になります。ただし誰が相続するかによって要件が大きく異なり、整理すると次の3パターンに分かれます。

PATTERN A 配偶者が取得
PATTERN B 同居していた親族が取得
PATTERN C 家なき子(別居親族)が取得

パターンA:配偶者が取得する場合

取得者が被相続人の配偶者であれば、追加の要件は一切ありません。同居していたかどうか、申告期限まで住み続けるかどうか、所有を続けるかどうか――いずれも問われず、配偶者が自宅の敷地を取得しさえすれば、特定居住用宅地等として80%減額の対象になります。配偶者にだけ別格の扱いがされている点で、配偶者の税額軽減(相続税法第19条の2)と思想を共有する制度といえます。

パターンB:同居していた親族が取得する場合

被相続人と同居していた親族(子など)が自宅を取得する場合は、次の2つの要件をいずれも満たす必要がございます。

後者は俗に「保有継続要件・居住継続要件」と呼ばれます。申告期限前にあわてて売却したり、引っ越したりしてしまうと、せっかくの特例が使えなくなりますのでご注意ください。「同居」とは住民票上の同居ではなく、実際に同じ家屋に生活の本拠を置いていたかどうかで判定されますので、形だけ住民票を移してもこの要件は満たしません。

パターンC:家なき子(別居親族)が取得する場合

配偶者も同居の親族もいない場合に限り、別居していた親族でも特定居住用宅地等として80%減額が使えることがあります。これが俗にいう「家なき子特例」でございます。たとえば、お父様が一人暮らしをされていて、相続人が結婚して別世帯を構える子だけ――そんなご家庭で、子が自身の持ち家を持たずに賃貸住まいだった場合に、亡くなった親の自宅の敷地について80%減額を受けられる、というイメージです。

ただし、この「家なき子」は節税目的での名義操作が横行したことから、平成30年度の税制改正で要件が大幅に厳しくなりました。次章で改めて整理いたします。

「家なき子」の本当の要件――平成30年改正で何が変わったか

家なき子特例は、文字どおり「持ち家のない別居親族」を救済する趣旨の制度です。しかし以前は、子が自分名義の持ち家を親族の名義に切り替えたり、ペーパーカンパニーに買い取らせたりすれば、形式上は「家なき子」として80%減額を受けられた時代がございました。これでは制度の本来の趣旨から大きく外れます。そこで平成30年(2018年)4月1日以降の相続から、要件は次のとおり厳格化されました。

家なき子特例の5つの要件(平成30年改正後)

次の5つをすべて満たす別居親族が、自宅の敷地を取得した場合に限り、特定居住用宅地等として80%減額を受けられます。一つでも欠ければ適用は受けられません。

  1. 被相続人に配偶者がいないこと 被相続人が亡くなった時点で、戸籍上の配偶者が存命でないこと。配偶者がいる場合は、まず配偶者が取得することを想定する制度設計になっているためでございます。
  2. 被相続人と同居していた法定相続人がいないこと 被相続人と同じ家屋で同居していた法定相続人(子など)が他にいないこと。同居の相続人がいるなら、その人が取得すれば足りるはずだからです。
  3. 取得者が相続開始前3年以内に、自己・自己の配偶者・3親等内の親族・自己と特別の関係のある法人が所有する家屋に居住したことがないこと ここが平成30年改正の最大のポイントでございます。改正前は「自己または配偶者の所有する家屋」だけが除外対象でしたが、改正後は3親等内の親族(兄弟姉妹、おじおば、祖父母など)や自分が支配する法人の家屋に住んでいた場合も除外対象になりました。「子の持ち家を兄弟名義に変える」「個人会社に買い取らせる」といった節税策が封じられたわけです。
  4. 取得者が相続開始時に居住している家屋を、過去のいずれの時においても所有していたことがないこと 改正で新たに追加された要件です。たとえば、自分名義の家に住んでいた人が、相続が近いと感じてその家を親族や個人会社に売却し、賃貸として住み続けたとしても、「過去に所有していた」事実があるため家なき子の要件を満たしません。
  5. 相続開始時から相続税の申告期限(10か月)まで、その宅地を所有し続けていること いわゆる保有継続要件です。家なき子の場合、居住の継続は問われませんが、所有の継続は必要です。申告期限前に売却・贈与すると適用を受けられません。

改正前の感覚で「持ち家がない子に相続させれば大丈夫」と判断すると、③や④の要件で足元をすくわれることがございます。とくに「3年前から実家を出て、もともとは自分の持ち家を売って賃貸に住み替えていた」というケースでは、改正後の④に抵触して家なき子と認められません。

[経過措置について]
平成30年改正には経過措置が設けられており、平成30年(2018年)3月31日時点で旧要件を満たしていた一定の宅地等については、令和2年(2020年)3月31日までの相続に限り、改正前の要件で判定する取扱いが存在していました。現在の相続案件においては、この経過措置はすでに終了しています。

特定事業用宅地等・特定同族会社事業用宅地等の要件

続いて、事業用の宅地等について整理いたします。商店、町工場、診療所、士業の事務所――個人の屋号で事業を営んでいた被相続人の敷地は特定事業用宅地等に該当しえます。被相続人が支配していた同族会社(会社法上の中小企業)に土地を貸していた場合は特定同族会社事業用宅地等となります。

特定事業用宅地等の要件

個人事業の用に供されていた宅地で、次の要件を満たすものが対象です。

令和元年(2019年)4月1日以後の相続からは、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等は、原則として特定事業用宅地等から除外されることになりました。相続が近づいてから「節税のために事業を始めて土地を事業用にする」といった駆け込み的な使い方を封じる趣旨でございます。ただし、その3年以内に事業を始めた場合でも、宅地の上で行われている事業の用に供されている減価償却資産の価額が宅地の評価額の15%以上あれば、特例の対象として認められる例外もあります。

特定同族会社事業用宅地等の要件

被相続人や被相続人の親族などが発行済株式の50%超を保有していた法人に対し、被相続人が土地や建物を貸し付け、その法人が事業に使っていたケースを指します。要件は次のとおりです。

中小企業オーナーのご家庭では、本社や工場の敷地が「個人名義で会社に貸している」状態になっていることがよくあります。その場合の相続税負担を軽くするための制度がこれでございます。承継後の役員就任と事業継続が要件となっている点が、特定事業用宅地等との大きな違いです。

貸付事業用宅地等――アパート・駐車場の50%減額と「3年縛り」

アパート、賃貸マンション、コインパーキング、貸店舗――被相続人が不動産賃貸業・駐車場業・自転車駐車場業として人に貸していた宅地は、特定事業用ではなく貸付事業用宅地等に分類されます。減額率は50%、限度面積は200㎡と、特定居住用や特定事業用に比べると効果は控えめでございます。

主な要件

3つ目の「3年縛り」は、平成30年改正で導入された規制です。それまでは、相続が近づいてから手持ちの現金で更地を買い、急いでアパートを建てて貸し出すといった「タワマン節税」「アパート建設節税」が広く行われていました。そこで、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地は、原則として小規模宅地等の特例の対象外とされたのでございます。

[「事業的規模」で続けていれば3年縛りの例外]
ただし、被相続人が相続開始前3年を超えて事業的規模で貸付事業を行っていた場合は、その期間中に新たに貸付事業に供した宅地でも特例の対象になりえます。事業的規模とは、おおむね「アパート・貸家であれば独立した室数がおおよそ10室以上」「貸地であれば50件以上」とされており(所得税の事業的規模の基準を準用)、いわば本業として不動産賃貸を営んでいた方の枠でございます。

「親が亡くなる少し前に駐車場経営を始めた」「相続税対策のためにアパートを新築した」――そうした場合、その新しい宅地は3年縛りの除外規定に該当し、貸付事業用宅地等としての50%減額が使えないことがあります。生前対策としてアパート建設を検討される場合は、相続発生まで最低3年以上の余裕を持って計画する必要がございます。

見落としやすい論点――二世帯住宅・老人ホーム入居中・借地

小規模宅地等の特例では、現実のご家庭でよくある「微妙な状況」が要件の境目になることが少なくありません。ご相談現場で頻出する3つの論点を整理いたします。

論点1:二世帯住宅は「同居」にあたるか

1階に親世帯、2階に子世帯が住む二世帯住宅。ここで小規模宅地等の特例の「同居」と認められるかどうかは、建物の登記の仕方で結論が変わります。

登記の形態 同居の取扱い
1棟の建物として一体で登記
(被相続人または被相続人と子の共有)
同居と認められる。建物内部で行き来できなくても、構造上は1棟であれば特例の対象。
区分所有建物として登記
(1階と2階を別個の建物として登記)
原則として同居と認められない。区分された専有部分ごとに独立した建物とみなされ、子は「別の家に住んでいる」扱いになる。

同じ間取り、同じ生活実態でも、登記が違うだけで結論が変わります。今ある二世帯住宅が区分所有登記になっている場合は、相続が起こる前に1棟の建物への合併登記を検討する余地がございますが、登記の変更には登録免許税や司法書士費用がかかりますので、税理士・司法書士と相談のうえで判断されるのが安全です。

論点2:老人ホームに入居中だった被相続人の自宅は対象になるか

「お母さんは亡くなる数年前から老人ホームに入居されていた」「最後の3年間は施設で過ごし、自宅は空き家だった」――こうしたケースで自宅の敷地に小規模宅地等の特例が使えるかは、ご家族の関心が高い論点でございます。

結論として、被相続人が老人ホーム等に入居していたために空き家になっていた自宅でも、次の要件を満たせば特定居住用宅地等として80%減額の対象になります。

注意したいのは、入居前の自宅を子世帯が引っ越してきて使い始めた場合や、第三者に賃貸に出してしまった場合は、もはや「被相続人の居住用」とは認められず、特例の対象から外れる点でございます。また、要介護認定がないまま老人ホームに入居していた場合(自立した方の任意入居など)は、そもそも要件を満たしません。

論点3:借地(被相続人が借りていた土地の上の自宅)

意外と多いご相談が「自宅は被相続人の所有だが、その土地は地主から借りていた借地である」というケースです。この場合に小規模宅地等の特例が使えるのは、土地そのものではなく借地権でございます。借地権は財産権として相続税の課税対象になり、その評価額に対して80%減額が適用されます。借地権の評価額は、原則として「自用地評価額×借地権割合」で求められ、都市部では路線価図上の借地権割合が30%〜90%の範囲で定められております。

複数の宅地等を併用するときの限度面積の調整

4種類の宅地等のうち、複数の区分を同時に持っていらっしゃるご家庭は珍しくありません。たとえば「自宅(特定居住用)+アパート(貸付事業用)」「店舗(特定事業用)+自宅(特定居住用)」のような組み合わせです。このとき、それぞれの限度面積をどう使い分けるかには、2通りの調整方法があります。

パターン1:特定居住用+特定事業用(同族会社含む)の併用

貸付事業用が混じらない場合、両者は限度面積を完全独立で使えます。つまり、特定居住用は330㎡まで、特定事業用は400㎡まで、それぞれ別枠で80%減額が受けられます。合計で最大730㎡まで80%減額が可能ということになります。事業用地と自宅を両方持つご家庭にとって、もっとも有利な組み合わせでございます。

パターン2:貸付事業用が含まれる場合の調整計算

貸付事業用宅地等が混じる場合は、それぞれの限度面積を共通の「200㎡換算」に揃えて足し合わせる調整計算が必要になります。具体的な式は次のとおりです。

特定事業用宅地等の面積 × 200/400
+ 特定居住用宅地等の面積 × 200/330
+ 貸付事業用宅地等の面積 × 1
200㎡
根拠:租税特別措置法第69条の4第2項

たとえば自宅の敷地(特定居住用)が165㎡、アパートの敷地(貸付事業用)が100㎡あるご家庭で、両方に特例を使いたい場合は、次のように計算します。

  1. 各宅地を200㎡換算で合算する 165㎡ × 200/330 + 100㎡ × 1 = 100㎡ + 100㎡ = 200㎡。ぴたりと上限に到達。
  2. 限度面積内に収まっているので両方に特例を適用 自宅165㎡全体に80%減額、アパート100㎡全体に50%減額が適用されます。
  3. どちらに優先配分するかを試算で決める 上限を超える場合は、減額額の大きい方(多くの場合は自宅)から優先して配分すると、税負担がもっとも軽くなります。
[どの組み合わせが有利かは事案次第]
自宅と貸付事業用の両方をフルに使いたい場合、限度面積の制約から自宅と貸付のどちらに何㎡ずつ特例を割り振るかを試算する必要がございます。原則は「単位面積あたりの減額額が大きい方」から優先しますが、相続人が異なるとそれぞれの納税額への影響も変わるため、実務では税理士が複数パターンの試算を出して有利選択するのが一般的でございます。

適用を受けるための手続き――税額ゼロでも申告は必須

小規模宅地等の特例は、配偶者の税額軽減と同じく「相続税の申告書を提出して初めて受けられる」制度でございます。特例を使った結果、納める税額が0円になる場合でも、申告は必ず必要です。申告しなければ特例そのものが適用されず、本来は不要だったはずの相続税に加え、無申告加算税や延滞税まで課されてしまうおそれがあります。これは当センターのご相談現場でもっとも多い誤解の一つでございます。

申告書に添付する主な書類

小規模宅地等の特例の適用を受けるためには、相続税の申告書とあわせて次のような書類を提出する必要がございます。

申告期限は「10か月以内」

相続税の申告書の提出期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。小規模宅地等の特例を使う場合も、この期限内に申告するのが原則でございます。10か月のあいだに戸籍の収集、財産調査、不動産の評価、遺産分割協議、申告書の作成と添付書類の準備まで進める必要がありますので、着手はできるだけ早くが鉄則です。

未分割のときの「分割見込書」と更正の請求

小規模宅地等の特例は、「相続税の申告期限までに遺産分割が確定し、誰がその宅地を取得するかが定まっていること」が要件の一つでございます。相続人どうしの話し合いが長引いて、申告期限の10か月までに分割がまとまらないケースでは、いったん特例なしで申告・納税し、後から取り戻すというステップを踏むことになります。配偶者の税額軽減と同じ仕組みです。

  1. 当初申告で「分割見込書」を添付する 申告期限までに分割が間に合わないときは、未分割のまま申告したうえで、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出します。これを忘れると後の救済が受けられないので絶対に欠かせません。
  2. 申告期限から3年以内に遺産分割を成立させる この3年以内に遺産分割協議や調停などがまとまり、誰がその宅地を取得するかが確定すれば、小規模宅地等の特例を適用できます。
  3. 「更正の請求」で納めすぎた税金の還付を受ける 分割が確定した日の翌日から4か月以内に税務署へ「更正の請求」を行うと、小規模宅地等の特例が遡って適用され、いったん納めた相続税のうち納めすぎた分の還付を受けられます。
[3年を超えてもなお分割できないとき]
遺産をめぐる訴訟が続いているなど、3年を過ぎてもなお分割できないやむを得ない事情がある場合は、所定の期限までに「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を税務署長に提出し、承認を受けることで、適用期間をさらに延長できます。やむを得ない事情があっても、当初申告で「分割見込書」を添付し忘れていると救済の入り口に立てません。

ケースで見る節税効果――1億円の自宅が2,000万円評価になる

具体的な数字で、小規模宅地等の特例がもたらす節税効果を確認いたします。前提条件は次のとおりです。

  特例を使わない場合 特例を使った場合
自宅敷地の評価額 1億円 2,000万円
(1億円 × 20%)
遺産総額(課税価格) 1億6,500万円 8,500万円
基礎控除
(3,000万円+600万円×2人)
4,200万円 4,200万円
課税遺産総額 1億2,300万円 4,300万円
相続税の総額
(速算表で計算)
約2,070万円 約505万円

特例を使わなければ約2,070万円かかる相続税が、特例を適用すると約505万円――差額およそ1,560万円が節税できる計算になります。さらにこの上に「配偶者の税額軽減」が乗りますので、母が法定相続分どおりに相続すれば、母の負担分はゼロにまで圧縮できる可能性もございます。

「自宅しかない」ご家庭ほど、特例の有無で命運が分かれる

遺産の大半が自宅で、預貯金がほとんどないご家庭では、特例なしの相続税を現金で納めるためには、最悪の場合自宅そのものを売って納税することになりかねません。小規模宅地等の特例は、まさにこうした事態を防ぐための制度でございます。「相続税は富裕層の話」と感じてしまわず、自宅をお持ちのご家庭であれば、一度はこの特例が使えるかどうかをご確認になることをお勧めいたします。

小規模宅地等の特例をめぐる7つの落とし穴

当センターのご相談現場で、実際によく見かける小規模宅地等の特例をめぐる誤解と失敗を、7つに整理いたしました。

  1. 「税額がゼロになるから申告しない」と思い込む 小規模宅地等の特例は、相続税の申告をして初めて適用される制度です。申告しなければ特例そのものが受けられず、本来は不要だった相続税に加え無申告加算税・延滞税が課されるおそれがあります。配偶者の税額軽減と並び、もっとも多い誤解でございます。
  2. 「持ち家がない子に相続させれば家なき子で大丈夫」と決めつける 平成30年改正後の家なき子は要件が大幅に厳格化されています。3親等内の親族の家屋に住んでいる、過去に自分名義の家を持っていた、配偶者の持ち家に住んでいる――いずれも該当すれば家なき子と認められません。改正前の感覚で判断するのは危険でございます。
  3. 二世帯住宅を区分所有登記にしてしまい同居と認められない 1階と2階を別個の建物として登記してしまうと、生活実態は同居でも税務上は「別居」と扱われ、子世帯が自宅敷地を相続するときに特定居住用宅地等の同居要件を満たせなくなります。生前に登記の形態を見直しておく価値があります。
  4. 老人ホーム入居中の自宅を、子が引っ越してきて住んでしまった 被相続人が要介護認定を受けて老人ホームに入居していた間、自宅は「空き家」のまま残しておくことが特例の前提です。空き家のあいだに子世帯や第三者が住み始めると、もはや「被相続人の居住用」と認められず、特例の対象から外れます。
  5. 相続税対策で慌ててアパート建設、3年縛りに引っかかる 相続開始前3年以内に新たに貸付事業に供された宅地は、原則として貸付事業用宅地等の50%減額が使えません。「相続税対策に駆け込みでアパートを建てた」というケースでは、節税効果が期待外れになることがあります。3年以上の余裕を持つことが鉄則でございます。
  6. 申告期限前に自宅を売却・転居して継続要件を破ってしまう 特定居住用宅地等を同居親族が取得する場合は、申告期限まで宅地の所有と居住の継続が要件です。期限前にあわてて売却したり、引っ越したりすると、特例そのものが取り消されます。10か月という期限の重みは、思っているより大きいのでございます。
  7. 未分割のまま申告し、分割見込書を出し忘れる 申告期限までに分割がまとまらないときは「申告期限後3年以内の分割見込書」を当初申告に添付することが必須です。これを出し忘れると、後で遺産分割が確定しても小規模宅地等の特例を遡って適用できなくなります。書類1枚の有無が数百万円・数千万円の差になりえます。
よくある相談事例
※以下の事例は架空のものであり、実在の個人・団体とは関係ありません。

「家なき子だから大丈夫、と思い込んでいた長男のケース」

50代男性Mさんからのご相談でございました。お父様が一人暮らしの自宅で亡くなり、相続人はMさんと妹さんのお二人。お父様の遺産は都内の自宅敷地(180㎡、路線価評価で約9,000万円)と預貯金2,000万円で、合計約1億1,000万円。お母様はすでに5年前にお亡くなりになっていました。

Mさんは「自分は持ち家を持たず賃貸住まいだから、家なき子で80%減額が使える」と判断し、自宅敷地はご自身が取得する方向で妹さんとも合意していらっしゃいました。ところが当センターで詳しくお話を伺うと、Mさんは10年前にご自身が建てた家を、3年前に弟さん(被相続人の二男)の名義に売却し、その家にそのまま家賃を払って住み続けていたことが分かりました。

これは平成30年改正後の家なき子の要件のうち、「相続開始前3年以内に、3親等内の親族が所有する家屋に居住したことがないこと」と「相続開始時に居住している家屋を過去のいずれの時においても所有していたことがないこと」の2点に同時に抵触します。弟さんも3親等内の親族ですし、3年前まで自己所有の家でしたから、いまから家なき子として80%減額を受けるのは不可能でございます。

そこでご提案したのは、自宅を妹さんが取得し、Mさんは預貯金を中心に取得する遺産分割の組み替えでした。妹さんは結婚を機にお父様と二世帯住宅で暮らしており、ここ数年は所要で外出が増えていたものの住民票・生活の本拠はお父様の住所地のままだったことから、同居の親族として特定居住用宅地等の80%減額を受けられました。結果として相続税は当初試算の半分以下にまで圧縮され、ご家族全体としてもっとも有利な分け方を選ぶことができたのでございます。家なき子は最後の手段――まず配偶者、次に同居の親族、それでも難しい場合の救済策、という制度の階層を理解しておくことが大切でございます。

― 私たちから一言 ―

「小規模宅地等の特例は、要件の細部にこそ落とし穴があります」

小規模宅地等の特例は、自宅一軒のご家庭から事業用地・賃貸不動産を複数お持ちの方まで、極めて多くのご家族にとって相続税負担を左右する制度でございます。減額率の大きさはたいへん魅力的ですが、私たちが現場で繰り返し感じてきたのは、この特例の本当の難しさは「数字」ではなく「要件の細部」にあるということです。

同居・別居の判定、家なき子の5つの要件、二世帯住宅の登記、老人ホーム入居中の取扱い、3年縛りの除外規定、限度面積の調整計算――どれも形式的な要件ですが、一つ間違えれば特例そのものが使えなくなり、本来不要だった数百万円・数千万円の相続税が現実に発生いたします。逆に、生前に少しだけ手を入れておけば適用が確実になるケースも少なくありません。区分所有登記の見直し、家なき子の確認、貸付事業の3年経過の確認、遺産分割の早期成立――いずれも早めの準備が効くテーマでございます。

当センターでは、提携税理士・司法書士と連携し、生前の段階で「ご自宅にこの特例が使えるか」を試算するところから、遺産分割協議のサポート、相続税の申告・各種特例の適用まで、ワンストップでお手伝いしております。「うちはこの特例が使えるのだろうか」「家なき子のつもりでいたが本当に大丈夫か」とお感じになったら、どうぞお早めにご相談くださいませ。お電話一本、LINEで結構でございます。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

この記事のまとめ

  • 小規模宅地等の特例とは、被相続人や生計一親族の居住用・事業用・貸付用の宅地について、一定面積まで評価額を50%または80%減額する制度(租税特別措置法第69条の4)。
  • 対象は4種類――特定居住用宅地等(330㎡・80%)、特定事業用宅地等(400㎡・80%)、特定同族会社事業用宅地等(400㎡・80%)、貸付事業用宅地等(200㎡・50%)。
  • 特定居住用は取得者で要件が変わる。配偶者は無条件、同居親族は保有・居住の継続、家なき子は平成30年改正後の5要件をすべて満たすこと。
  • 家なき子の要件は、3親等内の親族や自身の支配する法人の家屋に住んでいた場合も除外対象。過去に自己所有だった家屋に住み続けている場合も対象外。
  • 事業用・貸付用にも申告期限までの事業承継・保有継続が必要。貸付事業用は「相続開始前3年以内に新たに貸付に供した宅地」は原則対象外(3年縛り)。
  • 二世帯住宅は登記の形態で同居判定が変わる。区分所有登記は別居扱いになりやすい。老人ホーム入居中の自宅は、要介護認定など一定要件で特例の対象になる。
  • 複数の宅地等を併用するときは、限度面積を200㎡換算で合算する調整計算が必要。特定居住用と特定事業用の組み合わせなら最大730㎡まで80%減額可能。
  • 特例の適用には相続税の申告書の提出が必須。税額ゼロでも申告しなければ特例は受けられない。申告期限までに遺産分割が確定していることも要件。
  • 申告期限までに分割が未了なら「申告期限後3年以内の分割見込書」を当初申告に添付し、後の更正の請求で特例を遡って適用する。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取扱いが異なる場合がございます。記事中の試算は概算であり、実際の税額は財産の評価額や各種特例の適用状況により変動いたします。実際のお手続きにあたっては、必ず税理士・弁護士・司法書士などの専門家にご相談ください。本記事の内容は2026年5月時点の法令・制度に基づきます。最新の税制改正により取扱いが変わる場合がございますので、ご利用の際は最新情報をご確認ください。

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