「遺言があるのに違う分け方をしたい」という場面

遺言書は、亡くなった方が生前に、ご自身の意思で財産の行き先を決めたものです。原則として、その内容は尊重されます。しかし、遺言が書かれてから相続が起きるまでには、何年、ときには何十年という時間が流れます。その間に、家族の状況は変わります。

実務でよくご相談をいただくのは、たとえば次のような場面です。

いずれも、「遺言が間違っている」のではなく、「今の家族にとって、より良い分け方がある」という話です。この場合に、遺言をどう扱えばよいのかが、本記事のテーマです。

結論――全員の合意があればできると整理されている

民法907条1項は、遺産分割の協議について、共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができると定めています。つまり原則として「いつでも協議で分割できる」のですが、条文自身が2つの例外を置いていることにご注意ください。他方で、遺言による相続分の指定や分割方法の指定にも効力があります。この2つがぶつかったときどうなるのか――という問題です。

遺言と異なる遺産分割
利害関係人全員の合意があれば可能と整理されている
= ただし「誰が利害関係人か」と「遺言執行者がいるか」で、必要な手続きが変わる

実務では、遺言によって利益を受けるはずだった人も含め、関係者全員が合意しているのであれば、その合意にそって遺産の帰属を組み替えてよいと整理されています。遺言は、遺言者が家族のために遺した道しるべです。その家族全員が「別の形のほうが良い」と一致しているとき、あえて誰も望まない分け方を強制する必要はない――という考え方です。

[「全員」がそろわなければ、この方法は使えない]
裏を返せば、一人でも「遺言のとおりにしてほしい」と言う人がいれば、この方法は使えません。その場合は、遺言の内容にそって手続きを進めることになります。「多数決」で遺言を上書きすることはできない、という点を押さえておいてください。

遺言で「分割を禁止」されているときは、原則として協議ができない

民法908条1項により、被相続人は遺言で、遺産の分割の方法を定めたり、これを定めることを第三者に委託したり、相続開始の時から5年を超えない期間を定めて遺産の分割を禁ずることができます。この定めがある遺言では、その期間中は、本記事の「全員の合意で組み替える」という方法をそのまま用いることはできません。また同条2項により、共同相続人自身が5年以内の期間を定めて分割をしない旨の契約をしている場合も同様です(この場合、期間の終期は相続開始の時から10年を超えることができないとされています)。まずは遺言書に分割禁止の定めがないかを、必ずご確認ください。

誰の同意が必要か――相続人・受遺者・遺言執行者

もっとも重要なのが、「誰の同意をそろえる必要があるのか」です。実務では、次の3者に注意します。

立場同意が必要な理由・実務上の扱い
共同相続人
(全員)
遺産分割協議は相続人全員でするもの。一人でも欠けた協議は無効になります(遺産分割協議書の記事もご参照ください)。
相続人以外の受遺者遺言で財産をもらう立場の人です。その人の取り分を動かすのですから、実務上はその同意(または遺贈の放棄)が必要と整理されます。
遺言執行者指定されている場合は、民法1013条との関係があるため、実務では執行者の関与・同意を得る運用が基本です(次章で詳しく述べます)。

受遺者は「遺贈の放棄」という方法も取れる

民法986条は、受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができると定めています(特定遺贈の場合)。したがって、受遺者が「自分はもらわなくてよい」と考えているのであれば、遺贈を放棄し、その財産を遺産分割の対象に戻すという整理も可能です。

[包括遺贈は放棄の手続きが違う]
「全財産を与える」といった包括遺贈の場合、民法990条により包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するとされています。そのため、放棄するには相続放棄に準じた手続き(家庭裁判所への申述・民法915条の熟慮期間)が問題になり得ます。もっとも国税庁の質疑応答事例では、相続人全員の協議で遺言と異なる分割をしたことは、仮に放棄の手続がされていなくても、包括受遺者が包括遺贈を事実上放棄したものとみて差し支えないとされています。ただしこの事例は、包括受遺者が相続人(三男)でもあったケースであり、回答にも「この場合、丙は相続人としての権利・義務は有しています」と注記されています。相続人でない包括受遺者に同じ理屈がそのまま及ぶとは限りません。手続きの要否は事案により異なりますので、必ず専門家にご確認ください。

遺言執行者がいるときの民法1013条という壁

ここが、この論点でもっとも注意が必要な部分です。遺言執行者が指定されている場合、民法1013条が次のように定めています。

民法1013条(遺言の執行の妨害行為の禁止)

1項 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。

2項 前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。

3項 前二項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。

つまり、遺言執行者がいるのに、相続人だけで遺言の執行を妨げる処分をしても、それは無効と扱われるのが原則です。2018年(平成30年)の相続法改正では、この1013条に2項・3項が新設されました。従来から、執行を妨げる行為は無効と解されていましたが、新設された2項は、無効であることを条文に明記するとともに、善意の第三者には無効を対抗できないという第三者保護の規律を新たに置いたもので、2019年7月1日から施行されています。

また、民法1012条1項は、遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有すると定めています。遺言執行者は、遺言者の意思を実現する立場にある人なのです。

[実務上は「執行者を巻き込む」のが基本]
そのため実務では、遺言執行者がいる場合、執行者に事情を説明し、その同意・関与を得たうえで手続きを進める運用が基本とされています。相続人・受遺者の全員が合意し、かつ遺言執行者も同意しているのであれば、遺言と異なる分割を有効と整理する見解や下級審の裁判例があります。逆に、執行者に知らせずに相続人だけで進めてしまうと、後から無効と主張されるリスクがあります。ここは自己判断で進めず、必ず弁護士・司法書士にご相談ください。

「相続させる」旨の遺言があるときはどうなるか

もう一つの重要な論点が、「甲不動産は長男に相続させる」という書き方の遺言です。これは特定財産承継遺言と呼ばれます。

この形式について、最高裁判所は平成3年4月19日判決(民集45巻4号477頁)で、特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、特段の事情がない限り、何らの行為を要せずに、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されるという考え方を示しました。

「相続させる」旨の遺言
亡くなった時点で、すでにその人のものになっている
= 遺産分割を待たずに承継される(最判平成3年4月19日)。だから「分割で組み替える」という発想が使いにくい

ここが実務上やや厄介なところです。すでにその相続人のものになっている財産を、あらためて遺産分割の対象に戻して他の人に渡すという構成は、理屈のうえで簡単ではありません。実際には、その財産を取得した相続人が改めて他の相続人に譲るという形(=別の移転)と評価される可能性があり、そうなると税金の扱いが変わってきます(次章参照)。

なお、民法1014条2項は、特定財産承継遺言があるときの遺言執行者について、その相続人が民法899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる旨を定めています。そして民法899条の2第1項は、相続による権利の承継について、法定相続分を超える部分は登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないとしています。「もう自分のものだから登記は急がなくてよい」とはならない、という点にご注意ください。

税金はどうなるか――相続税で済む場合と贈与税になる場合

ここが、多くの方が気にされる部分です。「遺言と違う分け方をしたら、贈与税を取られるのではないか」というご不安です。

この点について、国税庁は質疑応答事例「遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税」で、次のような考え方を示しています。全財産を三男に与える旨の公正証書遺言(包括遺贈)があったが、相続人全員の協議で遺言と異なる遺産分割を行い、妻と三男が2分の1ずつ取得したという事例について、相続人全員の協議で遺言書の内容と異なる遺産の分割をしたということは(仮に放棄の手続がされていなくても)、包括受遺者である三男が包括遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみて差し支えないとし、原則として贈与税の課税は生じないとしています。

全員の合意で最初から組み替えた → 相続税の問題
いったん取得した後に他人へ移した → 贈与税の問題
= 「遺産分割としての組み替え」なのか、「取得後の別の移転」なのかが分かれ目

ポイントは、タイミングと構成です。相続人(受遺者)全員が最初から合意して、遺産の帰属を協議で決めたのであれば、それは遺産分割であり、その結果にそって相続税を申告することになります。これに対し、いったん遺言のとおりに取得した人が、後になって別の人に渡すという形をとれば、それは相続とは別の財産移転として、贈与税の対象になり得ます。

「一度成立した遺産分割のやり直し」は、さらにリスクが高い

なお、遺言と異なる分割の話とは別に、一度成立した遺産分割協議を後からやり直す場合は、相続人間の贈与や譲渡として課税されるリスクがあると指摘されています。詳しくは遺産分割協議のやり直しはできるのかの記事をご覧ください。いずれにしても、税務上の取り扱いは事実関係の組み立て方によって変わりますので、実行の前に必ず税理士にご相談ください

相続登記の実務――協議書だけで登記できるのか

不動産が含まれる場合、最後に立ちはだかるのが登記です。「遺言があるけれど、遺産分割協議書で登記してしまえばよいのでは」と考えたくなりますが、ここは慎重な検討が必要です。

実務上の解説では、遺言(とくに特定財産承継遺言)がある場合、いったん遺言のとおりに相続登記を経てから、別の登記原因(贈与や交換など)で移転登記をする必要があるとする整理が示されることがあります。他方で、関係者全員の合意と遺言執行者の同意がそろっていれば、合意にそった帰属を前提とした登記を検討できるとする見解もあります。

[登記は「先に相談、後から申請」が安全]
登記の受け付けは、遺言の文言(「相続させる」か「遺贈する」か)、遺言執行者の有無、添付する登記原因証明情報の作り方によって判断が分かれ得る部分です。登記の順序を間違えると、余計な登録免許税や不動産取得税が発生したり、想定外の課税につながったりするおそれがあります。実行前に、管轄の法務局または司法書士に必ず事前相談されることを強くおすすめします。相続登記を自分でやる全手順の記事もあわせてご参照ください。

また、相続登記の義務化により、不動産を取得したことを知った日から3年以内の申請義務が課されています。「揉めているから登記は後で」と放置すると、別の問題が生じかねません。方針が決まらないうちに期限が近づいてしまう場合の対応も含め、早めにご相談ください。

相談事例
※以下は、よくあるご相談をもとに再構成した架空の事例です。実在の方とは関係ありません。

「遺言では長男に自宅でしたが、母が住み続けることになりました」

お父さまを亡くされたご家族から、こんなご相談をいただきました。「父の公正証書遺言には『自宅は長男に相続させる』と書かれていました。ただ、遺言が作られたのは15年前で、当時と状況が変わっています。長男である私はもう自分の家を建てていて、実家に戻る予定はありません。母は『できればこのまま住みたい』と言っています。弟も妹も『母が住むのが一番いい』という考えで、家族の意見は完全に一致していました」。

ご家族の意向は明確でしたので、私たちがまず確認したのは遺言執行者が指定されているかどうかでした。この遺言には執行者の指定があったため、執行者にご事情をお伝えし、ご了解をいただいたうえで進める方針としました。あわせて、登記の順序と税務上の取り扱いについて、司法書士と税理士に事前確認をお願いしました。

「家族全員が同じ気持ちなら、それで進められると思い込んでいました。でも、執行者の同意が必要だとか、登記の順番で税金が変わるかもしれないとか、自分たちだけでは絶対に気づけませんでした」。気持ちがそろっていることと、手続きが整うことは別――このご相談は、それをよく示すものでした。

― 私たちから一言 ―

「遺言を無視するのではなく、遺言者の思いを今の家族に翻訳する」

「遺言と違う分け方をしたい」というご相談をお受けするとき、私たちがまずお伝えするのは、これは「遺言を無視する話」ではないということです。遺言を書いたご本人が望んでいたのは、特定の文言が実行されることそのものではなく、遺されたご家族が困らないことだったはずです。15年前の父の判断を、今の家族の事情に合わせて翻訳する――そう考えると、この作業の意味が見えてきます。

そのうえで、実務的には押さえるべき順序があります。第一に、相続人全員と、相続人以外の受遺者がいればその方の意向をそろえること。第二に、遺言執行者が指定されていないかを確認し、いる場合は必ず関与していただくこと(民法1013条の問題です)。第三に、不動産があるなら登記の順序を、税金があるなら課税の構成を、実行前に専門家に確認すること。この3つを飛ばして「家族で決めたから大丈夫」と進めてしまうと、後から無効を主張されたり、思わぬ贈与税がかかったりするおそれがあります。

私たちは、ご家族のお気持ちを丁寧に伺いながら、弁護士・司法書士・税理士と連携して、「全員が納得でき、かつ手続きとしても安全な着地点」をご一緒に探します。遺言書を開けてみて「思っていた内容と違った」と戸惑っておられる段階でも構いません。動き出す前に、どうかお気軽にご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

遺言と異なる遺産分割でよくある7つの落とし穴

当センターへのご相談の中で見えてきた、遺言と異なる遺産分割をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。

  1. 遺言執行者がいることに気づかずに、相続人だけで進めてしまう 民法1013条により、遺言執行者がいる場合に執行を妨げる行為は無効と扱われるのが原則です。まず遺言書で執行者の指定を確認しましょう。
  2. 相続人以外の受遺者の同意を取らずに組み替える 遺言で財産をもらう立場の人の取り分を動かすには、実務上その方の同意(または遺贈の放棄)が必要と整理されます。
  3. 「多数決で決まった」と考えて一部の相続人を外す 遺産分割協議は相続人全員でするものです。一人でも欠けた協議は無効です。後から相続人が見つかった場合は、その方を含めて改めて協議する必要があります。
  4. いったん遺言どおりに受け取ってから、後で他の人に渡す この構成にすると、相続とは別の財産移転として贈与税の問題になり得ます。組み替えるなら最初から全員の協議として整えるのが原則です。
  5. 「相続させる」旨の遺言でも同じように組み替えられると思い込む 特定財産承継遺言は、最高裁平成3年4月19日判決の考え方により、亡くなった時点で直ちに承継されると整理されます。構成の難易度が上がるため、必ず専門家に相談してください。
  6. 登記の順序を確認せずに申請してしまう 遺言の文言や登記原因の立て方によっては、二段階の登記が必要になる場合があるとされています。登録免許税や課税に影響しますので、事前に法務局・司法書士へご確認ください。
  7. 一度成立した遺産分割を、後からやり直そうとする 成立後のやり直しは、相続人間の贈与や譲渡として課税されるリスクが指摘されています。最初の協議の段階で、慎重に方針を固めましょう。

この記事のまとめ

  • 遺言があっても、相続人全員(相続人以外の受遺者がいればその方も含む)の合意があれば、遺言と異なる遺産分割ができると実務上整理されている。
  • 一人でも「遺言のとおりに」と望む人がいれば、この方法は使えない。多数決で遺言を上書きすることはできない。
  • 民法908条1項により遺言で分割が禁じられている期間中(相続開始から5年を超えない範囲)は、この方法をそのまま用いることはできない。
  • 民法1013条1項により、遺言執行者がいる場合に相続人が執行を妨げる行為をすることはできず、2項でその行為は無効とされる(善意の第三者には対抗できない)。
  • そのため実務では、遺言執行者が指定されているときは、必ず執行者の関与・同意を得て進めるのが基本。
  • 「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)は、最判平成3年4月19日により、死亡時に直ちに承継されると整理される。
  • 国税庁の質疑応答事例では、相続人全員の協議で遺言と異なる分割をした場合、原則として贈与税の課税は生じないとされている。
  • ただし、いったん取得した後に他の人へ移す形をとれば、別の財産移転として贈与税の問題になり得る。
  • 不動産があるときは登記の順序で税負担が変わる場合がある。実行前に法務局・司法書士・税理士に必ず事前相談を。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。遺言と異なる遺産分割の可否、必要な同意者の範囲、遺言執行者がいる場合の効力、特定財産承継遺言の扱い、贈与税・相続税の課税関係、相続登記の順序などは、遺言の文言、相続人・受遺者の構成、財産の内容、手続きの進め方によって個別に判断されるものであり、本記事の内容が特定の結果を保証するものではありません。とくに条文の解釈や税務上の取り扱いは、事実関係の組み立て方によって結論が変わり得ますので、必ず最新の情報をご確認ください。本記事の内容は2026年7月時点の情報に基づいていますが、実際の手続きにあたっては、必ず法務省国税庁等の一次情報を確認のうえ、弁護士・司法書士・税理士などの専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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