相続時精算課税制度とは――贈与税を「相続時に精算」する

相続時精算課税制度とは、贈与税の特例制度のひとつです(相続税法21条の9以下)。一定の親子・祖父母孫間の贈与について、贈与の時点では税負担を軽くしておき、贈与した人が亡くなったときに、贈与した財産を相続財産に加えて、相続税でまとめて精算するしくみです。

名前のとおり、「贈与のときに払って終わり」ではなく、「相続のときに精算する」のが特徴です。贈与税と相続税を切り離さず、ひとつながりのものとして扱う、という発想の制度といえます。

[2つの贈与のしかた]
生前贈与の課税方法には、暦年課税(年110万円までの基礎控除があり、超えた分に贈与税。「生前贈与の7年ルール」参照)と、この相続時精算課税の2つがあります。贈与を受ける人が、贈与する人ごとに、どちらかを選びます。何もしなければ暦年課税が適用されます。

適用要件――60歳以上の親・祖父母から18歳以上の子・孫へ

相続時精算課税制度は、誰でも使えるわけではありません。贈る人(贈与者)と受け取る人(受贈者)の関係と年齢に、次の要件があります。

区分 要件
贈る人(贈与者) 贈与した年の1月1日時点で60歳以上の父母または祖父母など。
受け取る人(受贈者) 贈与した年の1月1日時点で18歳以上の子または孫など(贈与者の直系卑属である推定相続人・孫)。
手続き 贈与を受けた年の翌年2月1日〜3月15日に、贈与税の申告とあわせて「相続時精算課税選択届出書」を提出する。

この制度は贈与する人ごとに選べます。たとえば「父からの贈与は相続時精算課税、母からの贈与は暦年課税」という選び方も可能です。なお、住宅取得資金の贈与など一定の特例では、60歳未満の親からでも使える場合があります。

2,500万円の特別控除と、超過分の一律20%

相続時精算課税の中心となるのが、累計2,500万円の特別控除です。この制度を選ぶと、同じ贈与者からの贈与について、累計で2,500万円に達するまでは、贈与税がかかりません。1年だけでなく、複数年にわたって合計2,500万円まで使えます。

そして、累計2,500万円を超えた部分には、一律20%の贈与税がかかります。暦年課税のように、金額が大きいほど税率が上がる(最高55%)のとは異なり、超過分は何円でも20%で一定です。

贈与税 =(累計の贈与額 − 110万円 − 特別控除2,500万円)× 20%
2024年以降は、毎年110万円の基礎控除を引いた残りに、2,500万円の特別控除を使います。

なお、ここで納めた20%の贈与税は、相続のときに相続税から差し引かれます(払い過ぎていれば還付されることもあります)。あくまで「相続税の前払い」のような位置づけなのです。

2024年新設の「年110万円の基礎控除」

従来、相続時精算課税には「年110万円の非課税枠」がありませんでした。しかし、2023年度(令和5年度)の税制改正により、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が新設され、2024年(令和6年)1月1日以後の贈与から適用されています。これは制度の使い勝手を大きく変えた、近年の重要な改正です。

110万円以下なら「申告不要」かつ「相続財産に加算されない」

この新しい110万円基礎控除には、大きなメリットが2つあります。
① 年間の贈与が110万円以下なら、贈与税の申告が不要です(従来は、相続時精算課税を選ぶと少額でも毎年申告が必要でした)。
② この110万円以下の部分は、相続のときに相続財産へ加算されません。つまり、毎年110万円までは、相続税の対象から完全に外れます。
この基礎控除は、暦年課税の110万円とは別枠として設けられたものです。

この改正により、「相続時精算課税を選んだうえで、毎年110万円ずつ非課税で贈与し、相続税の対象にもしない」という使い方ができるようになりました。後述する暦年課税の「7年持ち戻し」を受けない点で、有利になる場面が増えています。

相続時の精算――贈与時の価額で加算する

相続時精算課税の「精算」は、贈与した人が亡くなったときに行います。その人から相続時精算課税で贈与を受けた財産(110万円の基礎控除分を除く)を、相続財産に加えて、相続税を計算します。

加算するのは「贈与したときの価額」――値上がりに強い

ここが、相続時精算課税の大きな特徴です。相続財産に加えるときの価額は、相続時の時価ではなく「贈与したときの価額」で固定されます。そのため、贈与した後で値上がりする財産(成長が見込まれる自社株、開発予定地など)を早めに贈与しておけば、値上がり分には相続税がかからないことになります。逆に、値下がりした場合は高いままの価額で加算されるため不利になる、という裏返しのリスクもあります(財産の評価については「相続財産の評価方法」参照)。

相続税の計算上は、贈与財産を加えた合計額をもとに税額を出し、すでに納めた相続時精算課税の贈与税を差し引きます。相続税全体の計算の流れは「相続税の計算方法」もあわせてご覧ください。

一度選ぶと暦年課税に戻れない――最大の注意点

相続時精算課税の最大の注意点は、一度選ぶと、その贈与者からの贈与については、二度と暦年課税に戻れないことです。「今年だけ相続時精算課税を使って、来年は暦年課税に戻す」ということはできません。

たとえば、父からの贈与について相続時精算課税を選ぶと、それ以降、父から受けるすべての贈与は相続時精算課税で計算され続けます。暦年課税の「毎年110万円の非課税で長期間コツコツ」という使い方が、その贈与者についてはできなくなるのです(ただし、前述の相続時精算課税側の年110万円基礎控除は使えます)。

[選ぶ前に、よく試算を]
この「後戻りできない」性質のため、相続時精算課税を選ぶかどうかは、贈与する財産の種類(値上がりするか)、贈与者の総資産(相続税がかかる規模か)、受贈者の資金需要などを総合的に考えて、慎重に判断する必要があります。選択の前に、相続に強い税理士に試算してもらうことを強くおすすめいたします。

暦年課税の7年ルールとの違い・使い分け

2024年からは、暦年課税の側でも、相続前の贈与を相続財産に持ち戻す期間が3年から7年へ拡大されました(「生前贈与の7年ルール」参照)。これにより、2つの制度の違いがより鮮明になっています。

項目 暦年課税 相続時精算課税
非課税枠 年110万円の基礎控除 年110万円の基礎控除+累計2,500万円の特別控除
相続時の持ち戻し 相続開始前7年以内の贈与を加算 選択後の贈与(110万円超の分)を全期間、贈与時の価額で加算
110万円枠の扱い 7年以内なら持ち戻しの対象になり得る 110万円以下は申告不要・相続財産に加算されない

どちらが向いているか

どちらが有利かは、財産の種類・金額・家族構成・相続税の見込みによって大きく変わります。「2,500万円も非課税ならお得」と単純に飛びつくのではなく、相続全体を見渡した試算のうえで選ぶことが大切です。

相続時精算課税でよくある7つの落とし穴

ご相談の現場で実際によく見かける、相続時精算課税をめぐる誤解と失敗を7つに整理いたしました。

  1. 「2,500万円が非課税になる(税金がなくなる)」と思い込む 非課税ではなく「相続時に精算」されます。相続税の対象から消えるわけではありません(110万円基礎控除分を除く)。
  2. 一度選ぶと暦年課税に戻れないことを知らずに選ぶ その贈与者からの贈与は、以後ずっと相続時精算課税。後戻りできないので、選択は慎重に。
  3. 値下がりする財産を贈与してしまう 加算は「贈与時の価額」で固定。値下がりすると、高いままの価額で相続税がかかり不利になります。
  4. 選択届出書の提出を忘れる 贈与を受けた翌年の3月15日までに届出書を出さないと、制度を使えません(暦年課税扱いに)。
  5. 2024年新設の110万円基礎控除を活用できていない 年110万円以下は申告不要・相続財産に加算されません。この枠を使わないのはもったいないです。
  6. 小規模宅地等の特例が使えなくなることに気づかない 相続時精算課税で贈与した宅地は、相続時の小規模宅地等の特例(最大80%減)の対象外。土地は特に慎重に。
  7. 試算せずに「お得そう」で飛びつく 有利かどうかは財産の種類・規模で変わります。選ぶ前に相続に強い税理士の試算を受けましょう。
よくある相談事例
※以下の事例は架空のものであり、実在の個人・団体とは関係ありません。

「値上がりが見込まれる自社株を、相続時精算課税で早めに移したケース」

会社を経営されているお父様(60代)と、後継者の長男・Rさん(30代)からのご相談でございました。お父様は、自社株を将来Rさんに引き継ぎたいと考えていましたが、会社は成長中で、株価(評価額)は年々上がっていく見込み。このまま相続まで待つと、値上がりした高い評価額で相続税がかかってしまうことを心配されていました。

当センターでは提携の相続専門税理士と連携し、財産全体を試算したうえで、自社株について相続時精算課税制度の活用をご提案しました。相続時精算課税では、相続時に加算する価額が「贈与したときの価額」で固定されるため、いま(評価額が比較的低いうち)に贈与しておけば、その後の値上がり分には相続税がかからない計算になります。あわせて、2024年新設の年110万円基礎控除も活用し、後戻りできない制度であることや、暦年課税との違いも十分にご説明したうえで選択していただきました。

Rさんとお父様は「待っているほど株価が上がって不利になると聞いて、早めに動く決断ができました。仕組みと注意点を両方きちんと説明してもらえたので、納得して選べました」とおっしゃってくださいました。相続時精算課税は、値上がり資産の早期移転で力を発揮する――そのことを実感していただいた一例でございます(事業承継については「事業承継」の記事もご覧ください)。

― 私たちから一言 ―

「相続時精算課税は『お得な非課税枠』ではなく『前払い』です」

相続時精算課税制度について、最も多い誤解は「2,500万円まで税金がかからない、お得な制度」というものです。しかし正確には、これは非課税ではなく「相続時に精算する=先送り」の制度です。贈与のときに払わずに済んだ分は、相続のときに相続財産へ加えて計算されます。この本質を理解しないまま選ぶと、「相続のときに思ったより税金がかかった」と驚かれることになります。

とはいえ、使いどころを押さえれば、たいへん心強い制度でもあります。とくに、これから値上がりしそうな財産(成長企業の自社株、開発の見込まれる土地など)を、評価額が低いうちに移す場面では、効果を発揮します。加えて、2024年に新設された年110万円の基礎控除は、申告も不要で相続財産にも加算されないため、暦年課税の7年持ち戻しを気にせず使える、新しい選択肢を生みました。一方で、一度選ぶと後戻りできないこと、土地では小規模宅地等の特例が使えなくなることなど、見落とすと損をする注意点も多い制度です。

当センターでは、提携の相続専門税理士と連携し、暦年課税と相続時精算課税のどちらが有利かのシミュレーションから、選択届出書の作成・申告、その後の相続税申告まで、生前贈与を一体的にお手伝いしております。「うちは精算課税と暦年課税、どちらが得?」「自社株を子に渡したい」――その判断こそ、選ぶ前に専門家へご相談いただく最良の理由です。お電話一本、LINEで結構でございます。お気軽にご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

この記事のまとめ

  • 相続時精算課税制度は、贈与時の税負担を軽くし、贈与者の相続時に贈与財産を相続財産へ加えて精算する贈与税の特例(相続税法21条の9)。非課税ではなく「前払い・先送り」。
  • 要件は、60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与。翌年3月15日までに選択届出書の提出が必要。贈与する人ごとに選べる。
  • 累計2,500万円までの特別控除があり、超過分は一律20%の贈与税。納めた贈与税は相続税から差し引かれる。
  • 2024年1月から年110万円の基礎控除が新設。110万円以下は申告不要で、相続財産にも加算されない。暦年課税の110万円とは別枠。
  • 相続時の加算は「贈与したときの価額」で固定。値上がりする財産の早期移転に有利、値下がりだと不利。
  • 一度選ぶと、その贈与者からの贈与は暦年課税に戻れない。土地では小規模宅地等の特例が使えなくなる点にも注意。
  • 暦年課税(7年持ち戻し・少額分散向き)と相続時精算課税(まとまった額・値上がり資産向き)は、財産と相続税の見込みで使い分ける。選ぶ前に試算を。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取扱いが異なる場合がございます。相続時精算課税の選択が有利かどうかは、財産の種類・金額・家族構成・相続税の見込みにより大きく異なり、いったん選択すると変更できません。具体的な選択の判断や贈与税・相続税の申告にあたっては、必ず税理士などの専門家、または所轄の税務署にご確認・ご相談ください。本記事の内容は2026年6月時点の情報に基づきます。税制は改正される場合がありますので、最新の情報をご確認ください。

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その後の相続税申告まで、提携の相続専門税理士と連携し、生前贈与を一体的にお手伝いいたします。