相続税を払っても、売れば譲渡所得税がかかる
まず、いちばん誤解の多い点から整理いたします。相続に関係する不動産の税金には、大きく分けて2つの場面があります。
| 場面 | かかる税金 | 誰に対する課税か |
|---|---|---|
| 相続で不動産を受け取ったとき | 相続税(+相続登記の登録免許税) | 亡くなった方の財産を承継したことに対する課税 |
| その不動産を売ったとき | 譲渡所得税(所得税・復興特別所得税・住民税) | 売却によって得た利益(譲渡所得)に対する課税 |
この2つはまったく別の税目です。相続税を納めていても、売却して利益が出れば、その利益に対して改めて所得税・住民税がかかります。「二重課税ではないか」と感じられる方は多いのですが、税法上は、承継への課税と、値上がり益への課税は別のものとして整理されています。もっとも、この重複感をやわらげるために設けられているのが、後述する取得費加算の特例です。
もう一点、意外に見落とされがちなのが、「売れなかった」場合との違いです。譲渡所得税は、あくまで売却して利益が出たときにかかるものです。売らずに持ち続けている限り、この税金は発生しません(固定資産税は別途かかります)。逆にいえば、売却を決めた瞬間から、税金の計算という新しい課題が始まるということです。
譲渡所得の計算式――売却代金から引けるもの、引けないもの
譲渡所得の基本的な計算式は、次のとおりです。
それぞれの中身を見てまいります。
収入金額
売買契約で定めた売却代金です。あわせて、買主から受け取る固定資産税の精算金も収入金額に含めるのが一般的な取扱いとされています。「税金の清算だから収入ではない」と考えて計上を漏らすと、後から指摘を受けることがあります。
取得費
その不動産を買ったときの購入代金や購入手数料などです。土地と建物では扱いが異なり、建物については、使用や期間の経過によって価値が減った分(減価償却費相当額)を差し引く必要があります。土地は減価しないため、購入代金がそのまま取得費の基礎になります。
譲渡費用
売るために直接かかった費用です。具体的には、次のようなものが挙げられます。
- 仲介手数料
- 売買契約書に貼った印紙税のうち売主が負担したもの
- 貸家を売るために借家人に支払った立退料
- 土地を売るためにその上の建物を取り壊したときの取壊し費用と建物の損失額
取得費と取得の時期は被相続人から引き継ぐ(所得税法60条1項)
ここからが、相続した不動産に特有のルールです。所得税法60条1項は、相続(限定承認によるものを除きます)や贈与などによって取得した資産について、その者が引き続きこれを所有していたものとみなすという趣旨の規定を置いています。
→ 取得費も取得の時期も、被相続人のものをそのまま引き継ぐ
国税庁も、相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費は、原則として被相続人(または贈与者)が買い入れたときの購入代金や購入手数料などを基に計算すると案内しています。取得の時期も同様に引き継がれます。
これは、有利にも不利にも働きます。
- 有利な面:お父さまが40年前に買った土地なら、所有期間は40年超と数えられ、後述する長期譲渡所得の低い税率が適用されます。相続してすぐ売っても短期にはなりません。
- 不利な面:取得費も40年前の購入代金です。当時1,000万円で買った土地が今5,000万円で売れれば、その差額が値上がり益として課税対象になります。「相続税評価額で取得したことになる」わけではありません。
「相続税評価額を取得費にできる」という誤解
実務でとくに多い誤解が、「相続税を計算するときに使った評価額(路線価等)が、そのまま取得費になる」というものです。これは誤りです。取得費はあくまで被相続人が買ったときの金額であり、相続時の評価額とは無関係です。相続税評価額を取得費だと思い込んで試算すると、実際の税額と大きくずれることがあります。相続財産の評価方法の記事もあわせてご覧ください。
長期譲渡所得と短期譲渡所得――20.315%と39.63%の分かれ目
土地建物の譲渡所得は、他の所得と合算せずに計算する分離課税です。そして、所有期間によって税率が大きく変わります。
| 区分 | 所有期間(譲渡年の1月1日時点) | 税率の合計 | 内訳 |
|---|---|---|---|
| 長期譲渡所得 | 5年超 | 20.315% | 所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5% |
| 短期譲渡所得 | 5年以下 | 39.63% | 所得税30%+復興特別所得税0.63%+住民税9% |
税率にほぼ2倍の差があります。そして、前章のとおり所有期間は被相続人の取得日から数えますので、親が長く持っていた不動産であれば、相続してすぐに売っても長期譲渡所得になるのが通常です。
取得費が分からないときの「概算取得費5%」という落とし穴
相続では、被相続人がその不動産をいくらで買ったのかが分からないということが、しばしば起こります。売買契約書が見当たらない、先祖代々の土地で取得の記録がない、といったケースです。
この場合、租税特別措置法31条の4の規定および国税庁の取扱いにより、収入金額(売却代金)の5%相当額を取得費とすることができるとされています。これを概算取得費といいます。
ここが大きな落とし穴です。5,000万円で売却した場合、取得費として認められるのは250万円。残る4,750万円から譲渡費用を引いた金額が、ほぼそのまま課税対象になってしまいます。長期譲渡所得の税率20.315%をあてはめると、税額はおよそ900万円台という規模になり得ます。
売る前に、まず「取得費の証拠」を探してください
概算取得費を使わざるを得なくなる前に、次のような資料が残っていないかを探すことを強くおすすめします。
- 売買契約書、重要事項説明書、領収書
- 購入当時の住宅ローンの金銭消費貸借契約書や返済予定表
- 通帳の入出金記録、購入時の仲介業者の資料
- 登記事項証明書に記載された抵当権の債権額(購入価格の推定材料になり得ます)
実務では、契約書がなくても、他の客観的な資料から取得費を合理的に説明できる場合があるとされています。ただし、どの資料がどこまで認められるかは事案ごとの判断になりますので、自己判断で概算取得費を選ぶ前に、必ず税理士にご相談ください。一度申告してしまうと、後から取り返すのは容易ではありません。
相続空き家の3,000万円特別控除――要件と2024年からの改正
誰も住まなくなった実家を売るときに、大きな味方になり得るのが、被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特別控除です。租税特別措置法35条3項に定められています。
最高3,000万円を控除できる
国税庁の案内によれば、対象となるのは平成28年4月1日から令和9年(2027年)12月31日までの間の譲渡です。なお、実家・空き家を相続したあとの選択肢全体(住む・貸す・売る・手放す)と、この控除を使った売却の進め方については、実家・空き家を相続したらどうするで解説しております。本記事では、譲渡所得税の計算という観点から要点を整理いたします。主な要件は次のとおりです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 家屋の建築時期 | 原則として昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること |
| 建物の種類 | 区分所有建物登記がされている建物でないこと(分譲マンションは対象外) |
| 相続開始直前の居住状況 | 原則として、被相続人が一人で居住していた家屋であること。老人ホーム等に入所していた場合も、一定の要件を満たせば対象になり得ます(平成31年4月1日以後の譲渡について) |
| 売却期限 | 相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること |
| 売却代金 | 譲渡の対価の額が1億円を超えないこと |
| 家屋の状態 | 売る時点で一定の耐震基準に適合しているか、または家屋を取り壊して敷地だけを売ること |
| 相続後の利用状況 | 相続の時から譲渡の時まで、事業の用・貸付けの用・居住の用に供されていないこと。一時的に人に貸した、親族が住んだ、といった場合は対象外となります(有償・無償を問いません) |
| 譲渡の相手方 | 売主と買主が特別の関係にある者(親族、同族会社など)でないこと |
| 添付書類 | 市区町村長が発行する「被相続人居住用家屋等確認書」など、所定の書類を確定申告書に添付すること |
2024年(令和6年)1月1日以後の譲渡で変わった点
この特例は、令和6年1月1日以後の譲渡について、次の2点が変わっています。
- 相続人が3人以上のときは控除額が2,000万円に 相続または遺贈によりその家屋等を取得した相続人の数が3人以上である場合、控除額の上限は3,000万円ではなく2,000万円となります。
- 買主による耐震改修・除却も認められるように 従来は売主側で耐震改修または取壊しを済ませておく必要がありましたが、令和6年1月1日以後の譲渡については、譲渡後、譲渡の日の属する年の翌年2月15日までに買主が耐震改修または除却を行った場合も対象になり得るとされています。売主にとって、事前の工事負担を避けやすくなった改正です。
取得費加算の特例と「3年10か月」の期限
相続税を納めた方にとって、もう一つ重要なのが取得費加算の特例(租税特別措置法39条)です。相続または遺贈によって取得した財産を売った場合に、納めた相続税のうち一定額を取得費に加算できるという制度です。取得費が増えれば、その分だけ譲渡所得が減り、税額が下がります。
相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで
この「3年10か月」という期限は、実務でとくに強く意識される数字です。相続手続きや遺産分割に時間がかかり、気づいたときには期限が過ぎていた――というご相談は少なくありません。詳しい要件と計算方法は、取得費加算の特例の記事で解説しております。
空き家特例と取得費加算は、同じ譲渡で両方をそのまま使うことはできません
相続空き家の3,000万円特別控除(措置法35条3項)と、取得費加算の特例(措置法39条)は、同一の譲渡について、どちらを使うかを選択する関係にあるとされています。どちらが有利かは、相続税の負担額、売却価格、取得費の判明状況によって変わります。「両方使えるはず」と思い込んで試算すると、実際の税額と食い違いますので、売却前に税理士に有利判定をしていただくことを強くおすすめします。
申告の時期を忘れずに
譲渡所得の申告は、売却した年の翌年2月16日から3月15日までの確定申告で行います。ここで重要なのは、特例を使って税額がゼロになる場合でも、確定申告そのものは必要だという点です。「税金が出ないなら申告しなくてよい」と考えて放置すると、特例が適用されないまま課税されるおそれがあります。相続税の申告と納付の期限とは別のスケジュールですので、両方を混同しないようご注意ください。
「契約書が見つからないまま売ってしまい、税額が想定の何倍にもなりました」
お母さまを亡くされた方から、売却後にこんなご相談をいただきました。「母が一人で住んでいた実家を、相続した翌年に3,800万円で売りました。相続税は基礎控除の範囲内で申告不要でしたし、売却益もそれほど出ないだろうと思っていました。ところが確定申告の準備を始めたら、父が家を建てたときの契約書がどこにも見つからないのです」。
取得費を証明する資料がなければ、原則として概算取得費(収入金額の5%=190万円)で計算することになります。仮にそのまま申告すれば、課税対象は3,500万円前後にふくらむ計算でした。そこで私たちがまずお願いしたのは、当時の資料をもう一度、徹底的に探していただくことでした。あわせて、この売却が相続空き家の3,000万円特別控除の要件に当てはまらないかを確認する方針としました。建築時期、被相続人の居住状況、売却の時期、売却代金――一つずつ照らし合わせていく作業です。
「売る前にご相談いただいていれば、選べる道がもっとありました」。これは、私たちが本当に何度もお伝えしていることです。売却の税金は、契約を結ぶ前に考えるもの――このご相談は、そのことを痛感させるものでした。
「不動産の売却は、売る前の1時間が、後の数百万円を左右します」
相続した不動産の売却について、私たちが最もお伝えしたいのは、「売ってからでは、できることがほとんどなくなる」という一点です。譲渡所得税の世界では、売買契約を結んだ時点で、税額の枠組みはほぼ決まってしまいます。取得費の資料を探すのも、空き家特例の要件に合わせて建物を取り壊すか残すかを決めるのも、売却の年をどちらにするかを検討するのも、すべて契約前でなければ間に合いません。
逆に申し上げれば、売る前に一度、専門家と一緒に整理する時間を取っていただくだけで、結果は大きく変わり得ます。取得費を裏づける資料が一枚見つかるだけで、税額が数百万円単位で違ってくることは、決して珍しいことではありません。相続空き家の特例にしても、「相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで」という期限があり、家屋の建築時期や被相続人の居住状況といった要件を一つずつ確認する必要があります。売り急いだ結果、要件を外してしまうというのは、本当にもったいないことです。
私たちは、不動産の売却をお考えのご家族に対し、「まず売却前の税務シミュレーションから」とお願いしています。相続税の申告をされた方であれば取得費加算の特例も、空き家であれば3,000万円の特別控除も、どちらが有利かを試算したうえで、売却の進め方をご一緒に組み立てます。税理士・司法書士・不動産の実務家と連携してお手伝いいたしますので、まだ売ると決めていない段階でも、どうかお気軽にご相談ください。
相続した不動産の売却でよくある7つの落とし穴
当センターへのご相談の中で見えてきた、相続した不動産の売却をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。
- 「相続税を払ったから売却益に税金はかからない」と思い込む 相続税と譲渡所得税はまったく別の税目です。売却して利益が出れば、改めて所得税・住民税がかかります。負担の重複をやわらげる制度が、取得費加算の特例です。
- 相続税評価額を取得費だと思って試算する 取得費は被相続人が買ったときの金額を引き継ぎます(所得税法60条1項)。路線価等による相続税評価額とは無関係ですので、試算が大きくずれます。
- 取得費の資料を探さないまま、概算取得費5%で申告してしまう 売却代金の5%しか経費にできないため、税額が跳ね上がります。契約書がなくても、ローンの資料や通帳の記録などから説明できる場合があります。まず探してください。
- 相続空き家の3,000万円控除の売却期限を過ぎてしまう 「相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで」が期限です。遺産分割や片づけに時間をかけているうちに過ぎてしまうケースが目立ちます。
- 空き家特例と取得費加算の両方が使えると思い込む 同一の譲渡については、どちらを使うかを選択する関係にあるとされています。どちらが有利かは条件次第ですので、売却前の有利判定が欠かせません。
- 建物を取り壊すか残すかを、税務を考えずに決めてしまう 空き家特例では、耐震基準への適合か取壊しかが要件に関わります。令和6年1月1日以後の譲渡では買主による改修・除却も認められ得ますが、期限があります。また、相続後に一時的にでも賃貸に出したり親族が住んだりすると、その時点で空き家特例は使えなくなります。「空いているのはもったいない」という判断が、3,000万円の控除を失わせることがあります。
- 特例で税額がゼロになるから申告不要だと考える 空き家特例も取得費加算も、確定申告をして初めて適用されます。売却した年の翌年2月16日から3月15日までの申告を必ず行ってください。
この記事のまとめ
- 相続した不動産を売ると、相続税とは別に譲渡所得税(所得税・復興特別所得税・住民税)がかかる。
- 譲渡所得=収入金額−(取得費+譲渡費用)−特別控除額。建物の取得費は減価償却費相当額を差し引く。
- 所得税法60条1項により、相続した資産の取得費と取得の時期は被相続人から引き継がれる。
- 長期・短期の判定は「譲渡した年の1月1日」時点で所有期間5年超かどうか。長期20.315%、短期39.63%。
- 親が長く所有していた不動産なら、相続してすぐ売っても通常は長期譲渡所得になる。
- 取得費が不明なときは収入金額の5%(概算取得費)とされ、税負担が大幅に重くなる。まず資料を探すこと。
- 相続空き家の3,000万円特別控除(措置法35条3項)は、国税庁の案内では令和9年12月31日までの譲渡が対象。令和6年1月1日以後は相続人3人以上で2,000万円。
- 取得費加算の特例(措置法39条)は、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで(目安として相続開始から3年10か月)。
- 空き家特例と取得費加算は、同一の譲渡についてどちらを使うかを選択する関係にあるとされている。売却前の有利判定を。
- 特例で税額がゼロになる場合でも確定申告が必要。申告は売却した年の翌年2月16日から3月15日まで。
参考文献(一次情報)
- 国税庁 タックスアンサー No.3270「相続した土地や建物を売ったときの取得費」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3270.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3306「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3306.htm
- 国税庁「譲渡所得(土地・建物等の譲渡)」関連ページ https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/joto.htm
- e-Gov法令検索 所得税法(第33条・第60条) https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
- e-Gov法令検索 租税特別措置法(第31条の4・第35条・第39条) https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000026
「実家を売ろうと思っている」――契約の前に、一度ご相談ください
取得費の資料探し、空き家特例と取得費加算の有利判定、建物を残すか壊すか、売却の年をいつにするか。
売る前に決めるべきことばかりです。税理士・司法書士と連携してお手伝いいたします。