遺言が無効になる主な原因――まず全体像をつかむ

民法は、「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない」と定めています(民法960条)。遺言は、効力が生じる時には本人がもう亡くなっていて、真意を確かめることができません。そのため、厳格な方式と遺言をする能力が求められているのです。

遺言の効力が問題になる主な原因は、次のように整理できます。

原因内容主な根拠
方式違反自筆でない、日付・署名・押印がない、訂正の方式が違う など民法960条・968条
遺言能力の欠如遺言をする時に、内容を理解し判断する能力がなかった民法961条・963条
偽造・変造本人以外が書いた、あとから書き換えられた(本人の意思表示がない)/偽造者は原則として相続欠格(民法891条5号)
共同遺言夫婦などが1通の書面で一緒に遺言した民法975条
証人の欠格公正証書遺言などで、証人になれない人が証人になった民法974条
錯誤・詐欺・強迫勘違いやだまされて、脅されて書かされた民法95条・96条(現行法では「取消し」)
公序良俗違反内容が社会の倫理に著しく反する民法90条

このほか、後から書いた遺言と内容が抵触する部分は、前の遺言が撤回されたものとみなされます(民法1023条1項)。「無効」とは別の問題ですが、複数の遺言が出てきたときは日付の前後を必ず確認してください。撤回のルールは遺言書の撤回・書き直しの記事で詳しく解説しています。

方式違反――自筆証書遺言は民法968条1項の要件(自書・日付・氏名・押印)を欠くと原則無効

無効が争われることがもっとも多いのが、自筆証書遺言の方式違反です。現行の民法968条1項は、遺言者が「その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と定めています。

要件無効になり得る例
全文の自書本文をパソコンで作成した、他人に代筆させた。
※財産目録は自書でなくてもよいが、目録の毎葉(両面に記載があれば両面)に署名・押印が必要(968条2項)
日付の自書「令和○年○月吉日」のように特定の日が分からない(最判昭和54年5月31日は、「吉日」の記載は日付の記載を欠くとして無効と判断)
氏名の自書署名がない
押印押印がない。花押は押印の要件を満たさない(最判平成28年6月3日)。一方、指印は押印として足りるとされています(最判平成元年2月16日)
加除・訂正訂正箇所を指示し、変更した旨を付記して署名し、変更の場所に押印する方式(968条3項)を守っていない。この場合、その変更の効力が生じない(変更前の内容で判断される)
[訂正の方式違反=遺言全体が無効、とは限らない]
968条3項は、方式に従わない加除・変更について「その効力を生じない」と定めています。つまり、原則として訂正部分が無効になるのであって、遺言全体がただちに無効になるわけではありません。ただし、訂正が重要な部分に及ぶ場合など、遺言全体の効力が争われることもあります。

遺言の方式は法改正が予定されています

2026年6月に公布された民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)により、自筆証書遺言の押印を不要とする改正などが予定されています(公布から1年以内の政令で定める日に施行予定・本記事執筆時点で未施行)。改正法の附則により、施行日前にされた遺言は、従前の例(作成当時の方式)によって判断されます。本記事の方式の説明は現行法にもとづくものです。施行日などの最新情報は法務省でご確認ください。

なお、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用した遺言は、保管の申請時に外形的な方式のチェックを受けるため、方式違反のリスクは小さくなります。ただし、内容の有効性や遺言能力まで法務局が保証するものではありません(自筆証書遺言書保管制度の記事)。

遺言能力の欠如――「遺言をする時」に判断能力があったか

遺言は15歳に達すればすることができ(民法961条)、遺言者は「遺言をする時においてその能力を有しなければならない」とされています(963条)。

認知症の診断があったからといって、ただちに遺言が無効になるわけではありません。裁判例では、遺言をした当時の症状の程度、遺言の内容の複雑さ、遺言をするに至った経緯や動機などを総合して判断されることが多いとされています。

無効を主張する側は、次のような資料で「その時点」の状態を立証していくことになります。

成年被後見人が遺言をする場合の医師2人以上の立会い(民法973条)など、遺言能力そのものについては遺言能力の記事で詳しく解説しています。

偽造・変造と、錯誤・詐欺・強迫・公序良俗――内容や成り立ちに問題がある場合

偽造・変造――本人の意思表示がない

自筆証書遺言を本人以外が書いた(偽造)場合や、あとから書き換えた(変造)場合、その部分は本人の意思表示ではないため効力がありません。争いになると、筆跡鑑定や、本人がふだん書いていた文字との比較、作成当時の本人の身体の状態(字を書ける状態だったか)などが問題になります。

なお、遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した相続人は、原則として相続欠格に当たり、相続人となることができません(民法891条5号。相続欠格と廃除の記事)。ただし、遺言者の意思を実現するために方式を整えたにすぎない場合は、欠格に当たらないとした判例もあります(最判昭和56年4月3日)。

錯誤・詐欺・強迫――現行民法では「取消し」の問題

勘違い(錯誤)や、だまされたり脅されたりして書かされた遺言は、民法95条・96条により「取り消すことができる」ものとされています。2020年4月1日施行の改正前は、錯誤は「無効」とされていましたが、現行法では錯誤も取消しの対象です。遺言者の死亡後は、承継人(相続人)による取消しが問題になります(民法120条2項)。遺言の場面での錯誤の扱いには議論もあるため、個別の事案は弁護士にご相談ください。

また、詐欺・強迫によって被相続人に遺言をさせた者も、相続欠格に当たります(民法891条4号)。

公序良俗違反――認められるハードルは高い

遺言の内容が公の秩序又は善良の風俗に反する場合は無効です(民法90条)。ただし、たとえば不倫関係にある女性への包括遺贈について、最判昭和61年11月20日は、遺贈の目的や相続人の生活への影響などを考慮して公序良俗に反しないと判断しています。「内容が不公平だ」というだけで無効になるわけではなく、不公平の是正は通常、遺留分の問題として扱われます。

共同遺言と証人欠格――公正証書遺言でも無効になり得る場面

共同遺言の禁止

民法975条は、「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない」と定めています。夫婦が1枚の紙に連名で「私たちの財産は長男に」と書いたような遺言は、共同遺言として無効になるおそれがあります。夫婦で遺言を残すときは、1人1通ずつ作成するのが原則です。

証人になれない人(民法974条)

公正証書遺言(証人2人以上)や秘密証書遺言では証人が必要ですが、次の人は証人になることができません。

たとえば遺言で財産をもらう長男の妻が証人になっていた場合、方式の要件を満たさず遺言の効力が争われる可能性があります。公正証書遺言だから絶対に有効、というわけではない点に注意が必要です。公正証書遺言でも、遺言能力の欠如を理由に無効と判断された裁判例があります。

遺言の無効を争う手続き――まず家事調停、まとまらなければ遺言無効確認訴訟

STEP 1遺言書の確認
(検認・写しの取得)
STEP 2証拠の収集
(カルテ・筆跡など)
STEP 3家庭裁判所の
家事調停
STEP 4地方裁判所の
遺言無効確認訴訟

① 遺言書の確認と検認

自筆証書遺言(法務局保管のものを除く)は、家庭裁判所の検認が必要です。ただし、検認は遺言書の状態を確認・保存する手続きであって、遺言が有効かどうかを判断するものではありません。検認を終えた遺言でも、無効を争うことはできます(遺言書の検認の記事)。

② まず家庭裁判所に調停を申し立てる(調停前置)

遺言の無効をめぐる争いは「家庭に関する事件」として家事調停の対象になり(家事事件手続法244条)、訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならないとされています(同法257条1項)。いきなり訴えを起こした場合でも、裁判所は原則として職権で事件を調停に付します(同条2項)。

調停では、遺言が無効であることを前提に遺産分割の話し合いまで含めて合意できることもあります。ただし、無効か有効かについて双方の主張が真っ向から対立している場合は、調停が不成立となり訴訟に進むことも少なくありません。

③ 遺言無効確認の訴え(地方裁判所)

調停がまとまらなければ、地方裁判所に遺言無効確認の訴えを起こします。最高裁昭和47年2月15日判決は、遺言無効確認の訴えについて、確認の利益がある限り適法であるとしています。

訴訟で遺言の無効が確定すると、遺言がなかったものとして遺産分割協議(まとまらなければ遺産分割調停・審判)で遺産の分け方を決めることになります。遺産分割調停の進め方は遺産分割の調停・審判の記事をご覧ください。

[時間と費用の目安は事案によって大きく異なる]
遺言無効確認訴訟は、筆跡鑑定や医療記録の分析が必要になるなど、長期化しやすい手続きです。訴訟費用(収入印紙)は訴額によって変わり、弁護士費用も別にかかります。具体的な見通しは、事案ごとに弁護士にご確認ください。

争っている間に遺留分の「1年」を逃さない――予備的な遺留分侵害額請求

遺言の無効を争う場合にもっとも注意したいのが期限です。遺言が有効と判断されたときに備えて、遺留分侵害額請求の権利を確保しておく必要があります。

遺留分侵害額請求権は
相続の開始と侵害を知った時から1年、相続開始から10年で消滅
民法1048条

「遺言は無効だと思っているのだから、遺留分の請求はまだ必要ない」と考えがちですが、ここに落とし穴があります。最高裁昭和57年11月12日判決は、遺留分権利者が贈与の無効を主張していた事案について、被相続人の財産のほとんど全部が贈与されたことを認識していた場合には、無効を信じていたため請求しなかったことがもっともと認められる特段の事情がない限り、減殺できることを知っていたものと推認されると判断しました(旧法の遺留分減殺請求に関する判例)。

つまり、無効を争っているからといって、1年の期限の進行が当然に止まるとは限らないのです。実務では、遺言の無効を主張すると同時に、「仮に遺言が有効であるとしても、遺留分侵害額を請求する」という予備的な意思表示を、配達証明付きの内容証明郵便などで相手方に送っておく対応がよく取られます。

遺留分のしくみと計算は遺留分の記事で詳しく解説しています。

遺言の無効を争うときによくある7つの落とし穴

  1. 「不公平な内容だから無効」と考える 内容が不公平なことは、それだけでは無効の理由になりません。不公平の是正は通常、遺留分侵害額請求の問題です。
  2. 検認を受けた遺言は有効だと思う 検認は遺言書の状態を確認する手続きで、有効・無効を判断するものではありません。
  3. 訂正の方式違反で遺言全体が無効になると思い込む 方式に従わない加除・変更は、原則としてその変更部分の効力が生じないという扱いです(民法968条3項)。
  4. 公正証書遺言は争えないと思い込む 公正証書遺言でも、遺言能力の欠如や証人の欠格などを理由に効力が争われることがあります。
  5. いきなり地方裁判所に訴えを起こす 原則として先に家庭裁判所の家事調停が必要です(家事事件手続法257条)。
  6. 証拠を集める前に遺言書や遺品を処分してしまう 遺言書の原本、本人の日記・手紙、介護・医療の記録は重要な証拠です。医療記録には保存期間があるため、早めに開示請求を検討しましょう。
  7. 無効を争っている間に遺留分の1年を過ぎてしまう 無効の主張とあわせて、予備的に遺留分侵害額請求の意思表示をしておくことが重要です(民法1048条)。
ご相談事例
※以下は、実際のご相談を参考に構成した架空の事例です。特定の個人・団体とは関係ありません。

「全財産を長男に」という遺言に納得できない――Kさまのご相談

Kさま(50代・女性)は、亡くなったお父さまの自筆証書遺言について相談に来られました。遺言には「全財産を長男に相続させる」とあり、日付は亡くなる1年ほど前。Kさまは「その頃の父は、私の名前も思い出せないことがありました。字も父のものとは少し違う気がします」とお話しされました。

お話を伺うと、お父さまは亡くなる2年前に要介護認定を受けておられ、施設にも入所されていました。検認はすでに終わっていましたが、Kさまは「検認が済んだから、もう争えない」と思い込んでおられました。

私からは、「検認は遺言の有効・無効を決める手続きではありません。遺言をした当時の認知機能を示す資料として、要介護認定の主治医意見書や施設の介護記録、カルテなどを集めることが考えられます」とお伝えしました。そのうえで、「無効を争っている間にも、遺留分の請求期限が進むおそれがあります。予備的に遺留分侵害額を請求する旨の内容証明を早めに送っておきましょう」とご説明し、相続案件に詳しい提携の弁護士をご紹介しました。

Kさまは弁護士と相談のうえ、遺留分侵害額請求の内容証明を送ったうえで、家庭裁判所に調停を申し立てられました。「無効のことばかり考えていて、期限のことはまったく頭にありませんでした」とおっしゃっていました。

― 私たちから一言 ―

「おかしい」と感じたら、まず証拠と期限を押さえる

遺言の内容に納得できないとき、ご家族の気持ちはとても揺れ動きます。「父がこんな遺言を書くはずがない」という思いは、決して珍しいものではありません。

ただ、遺言の無効を裁判所に認めてもらうには、方式違反や遺言能力の欠如などを、証拠にもとづいて示す必要があります。そして、争っている間にも遺留分の1年などの期限は進むおそれがあります。「争うかどうか」を決める前に、まず証拠の保全と期限の確認から始めることが大切です。

また、これから遺言を書かれる方にとっては、方式を守り、判断能力がしっかりしているうちに、できれば公正証書で作成することが、残されるご家族の争いを防ぐための有効な方法のひとつです。

私たちは、ご家族の状況を伺いながら論点を整理し、必要に応じて弁護士などの専門家におつなぎしております。どうぞお気軽にご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

この記事のまとめ

  • 遺言は民法の定める方式に従わなければならず(民法960条)、遺言をする時に遺言能力が必要です(963条)。
  • 自筆証書遺言は、全文・日付・氏名の自書と押印が必要(968条1項)。「吉日」の日付は無効とされ(最判昭和54年5月31日)、花押は押印に当たりません(最判平成28年6月3日)。
  • 方式に従わない加除・訂正は、原則としてその変更の効力が生じない扱いです(968条3項)。
  • 偽造・変造された遺言は効力がなく、偽造した相続人は原則として相続欠格になります(891条5号)。錯誤・詐欺・強迫は現行法では取消しの問題です(95条・96条)。
  • 共同遺言(975条)や証人の欠格(974条)にも注意。公正証書遺言でも効力が争われることがあります。
  • 無効を争うには、原則としてまず家庭裁判所の家事調停(家事事件手続法257条)、まとまらなければ地方裁判所の遺言無効確認訴訟へ進みます。
  • 争っている間も遺留分侵害額請求の1年(民法1048条)が進むおそれがあるため、予備的な請求の意思表示をしておきましょう。
  • 自筆証書遺言の押印を不要とする改正(令和8年法律第45号)が予定されています。最新の内容は法務省・裁判所でご確認ください。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。本記事は法律上の助言を提供するものではなく、特定の遺言の有効・無効を判断したり、訴訟等の結果を保証したりするものではありません。遺言の効力、遺言能力の有無、調停・訴訟の進め方、遺留分侵害額請求の期限の起算点などは、遺言の方式・作成時の状況・証拠の内容などの個別の事情によって異なります。本文中の条文・判例の引用は、読みやすさのために一部を省略し、要旨として示した箇所があります。遺言の方式については令和8年法律第45号による改正が予定されており、施行後は内容が変わる可能性があります。本記事の内容は2026年9月時点の情報に基づいていますが、実際にご検討される際は、必ず法務省、裁判所、e-Gov法令検索で最新の内容をご確認のうえ、弁護士などの専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

遺言の内容に納得できないときは

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