賃貸アパートを相続したとき、大家として何を引き継ぐのか

賃貸不動産の相続が、自宅だけの相続と決定的に違うのは、「相手方のいる契約」が一緒についてくるという点です。入居者の方は、相続があったからといって住まいを失うわけではありません。その代わり、相続人は賃貸人としての義務を、その日から負うことになります。

区分引き継ぐものおもな根拠
権利賃料を請求する権利、契約に違反した賃借人に対する解除・明渡請求の権利民法896条(包括承継)
義務建物を使用・収益させる義務、修繕義務民法601条・606条1項
債務預かっている敷金の返還債務民法622条の2(敷金の定義・返還時期)
地位契約の当事者としての地位そのもの(契約の結び直しは不要)民法896条
財産建物・敷地の所有権、相続開始時点で既に発生していた未収賃料民法896条

相続人が複数いる場合、遺産分割が終わるまでは、建物と敷地は共同相続人の共有になります(民法898条1項)。したがって、賃貸人としての地位も、相続人全員が共同して承継するのが基本の形です。

「相続した日から大家」――だから最初の1か月が大事です

賃料の振込先が被相続人名義の口座であれば、金融機関が死亡を把握した時点で口座は凍結され、入金できなくなることがあります。入居者の方から「振り込めません」とご連絡が入ってから慌てる、というのが典型的な流れです。

あわせて、「誰が窓口になるのか」を決めておかないと、水漏れや設備の故障が起きたときに対応が止まります。法律上は当然に承継されますが、実務は放っておいては回りません。まずは相続人の間で連絡窓口を一人に決めることから始めてください。

賃貸人の地位は「当然に」承継される――民法896条の包括承継

根拠は民法896条です

賃貸人が亡くなった場合に賃貸人の地位が相続人に移る根拠は、民法896条です。

[民法896条(相続の一般的効力)]
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

賃貸人としての地位は、被相続人その人にしかできない「一身専属」のものではありません。ですから、賃貸借契約上の地位は、相続開始の時に、そのまま相続人へ移ります。これを包括承継といいます。

賃貸人が亡くなった
→ 賃貸人の地位は相続開始の時に当然に相続人へ(民法896条)
賃貸借契約の結び直しは不要です。賃借人の承諾も要りません

売買で大家が変わる場合(民法605条の2)とは、土台が違います

ここで混同されやすいのが、民法605条の2です。同条は、賃貸不動産が売買などで第三者に譲渡された場合の、賃貸人たる地位の移転を定めた規定です(2020年4月1日施行の債権法改正で新設)。

項内容の要旨
1項賃貸借に対抗要件(建物賃貸借なら建物の引渡し/借地借家法31条など)が備わっている不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位は譲受人に移転する
2項譲渡人と譲受人が「地位を譲渡人に留保する」「譲受人が譲渡人にその不動産を賃貸する」旨を合意すれば、地位を留保できる。その賃貸借が終了したときは、地位は譲受人に移転する
3項この地位の移転は、所有権移転登記をしなければ賃借人に対抗できない
4項地位が移転したときは、民法608条の規定による費用の償還に係る債務と民法622条の2第1項に規定する敷金の返還に係る債務を、譲受人(またはその承継人)が承継する

なお、民法605条の3は、譲渡人と譲受人の合意によって賃貸人たる地位を移転する場合を定めており、この場合も賃借人の承諾は要らないとされています。

売買は特定承継、相続は包括承継です。相続による賃貸人の地位の承継は、民法896条を根拠とするものであり、605条の2第1項が定める「譲渡の場合」とは別の問題と整理されます。ですから、「登記をしないと賃借人に対抗できない」という605条の2第3項の話を、相続の場面にそのまま当てはめる必要はありません。なお、相続人以外の方への特定遺贈は特定承継にあたるため、605条の2の適用が問題になり得ます。

それでも相続登記は必要です(理由が別にあります)

605条の2第3項の対抗の問題とは切り離しても、相続登記は必要です。2024年4月1日から、相続によって不動産の所有権を取得した相続人には3年以内の相続登記の申請義務が課され(不動産登記法76条の2)、正当な理由なく怠った場合は10万円以下の過料の対象とされています(同法164条1項)。

賃貸不動産では、登記が自分の名義になっていないと、賃借人・管理会社・金融機関に対して「自分が大家です」と示す資料がそろわないという実務上の不便もあります。詳しくは相続登記の義務化の記事をご覧ください。

共同相続の段階では、管理と変更の区別に注意が必要です

遺産分割が終わるまでの共有状態では、新しい入居者と契約を結ぶときの扱いに注意が必要です。共有物の管理に関する事項は各共有者の持分の価格の過半数で決められますが(民法252条1項)、共有物にその形状または効用の著しい変更を伴う変更を加える行為は共有者全員の同意が必要です(民法251条1項)。なお2023年4月1日施行の改正により、形状・効用の著しい変更を伴わない「軽微な変更」は「管理」として持分の価格の過半数で決められることが明確化されました。

そして、2023年4月1日施行の改正で加わった民法252条4項は、次の期間を超えない賃借権等の設定は「管理」として持分の価格の過半数で決められることを明らかにしました。

対象期間
樹木の栽植・伐採を目的とする山林の賃借権等10年
上記以外の土地の賃借権等5年
建物の賃借権等3年
動産の賃借権等6か月

もっとも、建物の賃貸借には借地借家法が適用され、期間の定めを置いても更新が前提となる点に注意が必要です。共有状態のまま新規募集を続ける場合は、相続人全員の同意をとっておくのが安全です。共有そのもののリスクは不動産の共有相続の記事で詳しく扱っています。

預かっている敷金の返還債務も引き継ぐ――民法622条の2と605条の2第4項

敷金とは何か――民法622条の2が定義しています

2020年4月1日施行の改正で、敷金の定義と返還時期が条文に明記されました。

[民法622条の2第1項(敷金)の要旨]
名称のいかんを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づく賃借人の債務を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭を「敷金」という。賃貸人は、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときに、受領した敷金の額から賃借人の債務額を控除した残額を返還しなければならない。

ポイントは「名称のいかんを問わず」です。「保証金」「預り金」といった名前でも、債務を担保する目的で預かっている金銭であれば、敷金として扱われます。また、返還すべき時期は契約が終了し、かつ、部屋の明渡しを受けたときです(いわゆる明渡し時説)。

相続人は、この返還債務を引き継ぎます

敷金返還債務も賃貸人の地位に伴う債務ですから、民法896条によって相続人に承継されます。この「地位と敷金返還債務は一体である」という考え方は、譲渡の場面について定めた民法605条の2第4項にも表れています。同項は、賃貸人たる地位が譲受人(またはその承継人)に移転したときは、民法608条の規定による費用の償還に係る債務および民法622条の2第1項に規定する敷金の返還に係る債務を、譲受人(またはその承継人)が承継するとしています。

「敷金は父の口座に入ったまま、もうありません」――それでも債務は残ります

実務でよくあるのが、預かった敷金が生活費や修繕費に使われてしまっていて、手元に残っていないというケースです。それでも、賃借人に対する返還債務は消えません。入居者が退去したときに、相続人が自分の財産から返還することになります。

ですから、賃貸不動産を相続するときは、「いくら預かっているのか」を賃貸借契約書と帳簿で必ず洗い出してください。戸数が多いアパートでは、これが数百万円規模の隠れた債務になっていることがあります。

相続税では「預り敷金」を債務控除できる場合があります

預かっている敷金は、相続開始の時点で賃借人に返すべき債務として存在しています。相続税では、被相続人の債務のうち相続開始の時に現に存するものを課税価格から控除できるとされており(相続税法13条1項)、控除できる債務は確実と認められるものに限るとされています(同法14条1項)。

相続開始時に現に存する債務(13条1項)
かつその債務が確実と認められるもの(14条1項)
→ 債務控除の対象になり得る
「敷金」という名目の全額が当然に控除できるわけではありません

もっとも、控除できる金額は、名目上の敷金の額とは一致しないことがあります。未払賃料に充当できる部分、契約上返還不要とされている礼金・権利金に当たる部分、実質が前払賃料である部分などは、扱いが変わり得ます。賃貸不動産の相続税申告は、契約書の一本ずつの読み込みが必要な作業です。必ず税理士にご確認ください。

遺産分割前の家賃は誰のものか――最高裁平成17年9月8日判決

賃料債権は「遺産とは別個の財産」です

相続開始から遺産分割が成立するまでの間も、入居者は毎月家賃を払い続けます。この家賃は、遺産の一部として遺産分割の対象になるのでしょうか。

この点について、最高裁平成17年9月8日判決は、次の趣旨を判示しました。

[最高裁平成17年9月8日判決の要旨]
遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属する。この間に、遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産であって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得する。

さらに、この判決は、後に遺産分割が行われても、それまでに各相続人が取得した賃料債権の帰属は影響を受けないとしています。遺産分割には相続開始の時にさかのぼって効力を生ずるという定め(民法909条)がありますが、この遡及効は「遺産とは別個の財産」である賃料債権には及ばないという整理です。

時期家賃の帰属
相続開始前に発生していた未収賃料被相続人の債権として相続財産になる
相続開始後~遺産分割まで各共同相続人が相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得(遺産分割の影響を受けない)
遺産分割後その不動産を取得した相続人のもの

たとえば相続人が子2人で法定相続分が各2分の1なら、遺産分割前に発生した家賃は、原則として各自が2分の1ずつ取得します。その後の遺産分割で長男がアパートを単独取得しても、それまでの家賃まで当然に長男のものになるわけではありません。

預貯金とは扱いが逆です

預貯金債権については、最高裁平成28年12月19日大法廷決定が、相続開始により当然に分割されることはなく遺産分割の対象となるとしました。家賃は「分割単独債権」、預貯金は「遺産分割の対象」――方向が逆ですので、混同しないようご注意ください。

なお、実務では相続人全員が合意すれば、分割前の家賃も含めて遺産分割の中で調整することが行われています。この論点は遺産分割前に生じた家賃・配当の記事で詳しく整理しています。

不動産所得の申告も、同じ考え方で分かれます

家賃の帰属が各相続人に分かれるということは、その家賃に対する所得税の申告も、原則として各相続人がそれぞれ行うということです。遺産分割が長引いている間、「長男が全部管理しているから長男が申告する」という処理は原則として認められません。

遺産分割がまとまらないまま申告期限が来る場合の相続税の扱いは、未分割で相続税申告をする場合の記事もあわせてご覧ください。

賃借人への通知と振込先の変更――実務で最初に手を付けること

通知は「法律上の要件」ではありませんが、実務上は必須です

くり返しになりますが、賃貸人が亡くなったことや相続人が誰かを賃借人に通知することは、賃貸人の地位の承継について法律上の効力発生要件ではありません。通知をしていないからといって、承継が無効になるわけではありません。

けれども、通知をしなければ、入居者の方は「誰に家賃を払えばよいのか」「どこに修理を頼めばよいのか」が分かりません。実務では、できるだけ早く次の内容を文書でお知らせするのが通例です。

相続人が複数いるうちは「代表者」を明記してください

遺産分割前は、賃貸人の地位は相続人全員にあります。入居者の方から見ると、誰に連絡すればよいのか分からない状態です。通知には「相続人全員を代理して○○が窓口となります」と明記し、相続人の間でもその旨の合意(できれば書面)をとっておいてください。

また、家賃の受取口座を相続人の一人の個人口座にする場合は、他の相続人の取り分がその口座に混ざります。誰がいくら受け取ったかを記録に残すことが、のちの争いを防ぎます。相続人全員の同意のもとで専用の口座を作る方法もご検討ください。

入居者側の相続(借主が亡くなった場合)も確認しておきましょう

逆のケース、つまり入居者が亡くなった場合も、建物賃借権は民法896条によって入居者の相続人に承継されます。大家の側から「契約者が亡くなったので契約は終わり」と扱うことはできません。解約や明渡しは、相続人との間で話し合うことになります。

相続人が誰も引き継ぎを望まない場合や、相続人が見当たらない場合の処理は、相続人がいないときの記事もあわせてご覧ください。

相続登記・火災保険・管理委託契約――名義を整える手順

法律上は当然に承継されても、名義が被相続人のままだと動かせない手続きがあります。優先順位をつけて進めてください。

優先手続き内容と注意点
1賃借人への通知・振込先変更いちばん急ぎます。家賃が入らない状態を長引かせない
2火災保険・地震保険の名義変更賃貸物件の保険は建物所有者が契約者です。名義が変わらないまま事故が起きると保険金の請求で手間取るおそれがあるため、保険会社に早めに連絡を
3管理委託契約の名義変更管理会社に委託している場合、委託者が被相続人のままです。管理会社に相続の発生を伝え、名義変更の書類を確認
4相続登記2024年4月1日から3年以内の申請義務(不動産登記法76条の2)。遺産分割が長引く場合は相続人申告登記という選択肢もあります
5固定資産税の届出納税義務者は原則として1月1日時点の所有者です。市町村への相続人代表者指定届などを確認
6アパートローンの承継借入金が残っている場合、金融機関との協議が必要です。団体信用生命保険の付保状況も確認
7公共料金・共用部の契約共用部の電気・水道、エレベーター保守、清掃契約などの契約者名義

固定資産税の扱いは相続した不動産の固定資産税の記事、借入金・保証債務の承継は借金・保証債務の相続の記事で詳しく扱っています。

敷金の額と入居者名簿は、いちばん先に「現物」で確認してください

賃貸不動産の相続でもっとも困るのは、資料が見つからないことです。次のものは、早い段階でそろえてください。

①賃貸借契約書(全戸分)/②入居者名簿・家賃台帳/③敷金・保証金の預り一覧/④管理委託契約書/⑤火災保険証券/⑥アパートローンの返済予定表/⑦直近の確定申告書と青色申告決算書。とくに⑦は、減価償却の続きを計算するために欠かせません。

税金の手続き――準確定申告・青色申告の承認申請・消費税

準確定申告――相続開始を知った日の翌日から4か月以内

被相続人に不動産所得があった場合、その年の1月1日から死亡の日までの所得について、相続人が申告をします。これを準確定申告といい、期限は相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内です。詳しくは準確定申告の記事をご覧ください。

青色申告は「引き継げません」――相続人が新たに承認申請をします

ここが、賃貸不動産の相続でもっとも見落とされる手続きです。被相続人が青色申告をしていても、その承認は相続人には引き継がれません。相続人が青色申告をしたいときは、相続人自身が青色申告承認申請書を提出する必要があります(青色申告の承認申請は所得税法144条)。

国税庁は、被相続人が青色申告をしていた事業を相続により承継した場合の提出期限として、次の3区分を示しています。

死亡の日青色申告承認申請書の提出期限
1月1日~8月31日死亡の日から4か月以内
9月1日~10月31日その年の12月31日
11月1日~12月31日翌年の2月15日

この期限を過ぎると、その年は白色申告になります

青色申告ができないと、青色申告特別控除、青色事業専従者給与、純損失の繰越しといった特典が使えません。不動産所得のある方にとっては、税額に直接ひびきます。

期限は死亡の日によって変わるのが厄介なところです。葬儀や遺産分割に追われているうちに過ぎてしまいがちですので、相続の初期に、必ず税理士に確認してください。あわせて、賃貸を始めた旨の開業の届出や、減価償却方法の届出が必要になる場合もあります。

消費税――被相続人の課税売上高で判定される特例があります

店舗・事務所・駐車場などの賃貸収入がある場合は、消費税も関係します。消費税法10条は、相続があった場合の納税義務の免除の特例を定めており、相続人が被相続人の事業を承継したときは、相続人自身の課税売上高だけでなく、被相続人の基準期間における課税売上高も基礎として納税義務が判定されるという仕組みになっています。

つまり、相続人自身の売上が小さくても、被相続人の売上が大きければ課税事業者になる場合があるということです。相続人が複数いる場合や、承継した事業の範囲が一部である場合には、別途の判定が必要になります。

[住宅の家賃は原則として非課税です]
住宅の貸付けに係る家賃は、消費税が非課税とされています(消費税法6条1項および別表)。一方で、店舗・事務所などの住宅以外の貸付け、駐車場の貸付け、貸付期間が1か月未満のものなどは、原則として課税の対象です。アパートと店舗を両方持っていた場合は、収入を分けて把握する必要があります。非課税の範囲・別表の号数は改正されることがありますので、最新は国税庁でご確認ください。

不動産所得の「事業的規模」も確認しておきましょう

不動産の貸付けが事業として行われているかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模かどうかで判定されます。国税庁の所得税基本通達26-9は、特に反証がない限り、次の場合は事業として行われているものとして扱うとしています。

いわゆる「5棟10室基準」です。事業的規模かどうかで、青色申告特別控除の額、青色事業専従者給与の可否、取壊し損失や貸倒れの扱いなどが変わります。相続によって物件が複数の相続人に分かれると、それまで事業的規模だったものが、各人では規模に届かなくなることがあります。遺産分割の内容を決める前に、税理士に影響を確認してください。

なお、相続税の側では、賃貸中の土地・建物は貸家建付地・貸家として評価が下がり、小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)の対象になる場合もあります。貸家建付地・貸家の相続税評価の記事、小規模宅地等の特例の記事もあわせてご覧ください。

賃貸不動産の相続でよくある7つの落とし穴

  1. 「入居者と契約を結び直さなければ」と思い込む 賃貸人の地位は民法896条により相続開始の時に当然に承継されます。契約の結び直しは不要で、賃借人の承諾も要りません。誤って「新しい契約書に署名を」と求めると、賃料の値上げや条件変更を持ち込んだと受け取られ、トラブルの種になります。
  2. 預かっている敷金の額を把握しないまま相続する 敷金は返還債務です。手元に残っていなくても、退去時に返す義務は相続人に残ります。戸数の多い物件では、隠れた債務が大きな額になることがあります。賃貸借契約書と家賃台帳で、全戸分を洗い出してください。
  3. 遺産分割前の家賃を「建物を取得した人のもの」として処理する 最高裁平成17年9月8日判決により、相続開始から遺産分割までの賃料債権は遺産とは別個の財産で、各共同相続人が相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得します。遺産分割の遡及効(民法909条)は及びません。全員で合意して調整する場合は、その合意を書面に残してください。
  4. 青色申告承認申請の期限を過ぎてしまう 被相続人の青色申告の承認は相続人に引き継がれません。提出期限は死亡の日が1月1日~8月31日なら死亡の日から4か月以内、9月1日~10月31日ならその年12月31日、11月1日~12月31日なら翌年2月15日です。過ぎるとその年は白色申告になります。
  5. 火災保険・管理委託契約の名義をそのままにする 建物の保険契約者は所有者です。名義が被相続人のまま事故が起きると、保険金の請求で余計な手間がかかるおそれがあります。管理委託契約も委託者名義が変わっていないと、解約や条件変更の局面で動けません。早めに各社へご連絡ください。
  6. 共有のまま新規入居者の募集を続ける 共有物の管理は持分の価格の過半数(民法252条1項)、形状または効用の著しい変更を伴う変更は全員の同意(同251条1項。軽微な変更は過半数)です。2023年4月1日施行の252条4項は建物3年・土地5年などの短期の賃借権設定を管理としましたが、建物賃貸借は借地借家法で更新が前提です。共有状態が長引くほど動きにくくなりますので、早期の遺産分割をご検討ください。
  7. 「大家の仕事」を誰も引き受けないまま放置する 修繕義務は相続人にあります(民法606条1項)。雨漏りや設備の故障に対応しないと、賃料減額や損害賠償の問題になり得ます。相続人の誰も住まいが近くにない場合は、管理会社への委託を早めにご検討ください。売却する場合も、入居者がいる状態での売却(オーナーチェンジ)になる点にご注意ください。
ご相談事例
※以下は、実際のご相談を参考に構成した架空の事例です。特定の個人・団体とは関係ありません。

「家賃が振り込めないと入居者さんから電話が来て」――8戸のアパートを引き継いだKさまのご相談

Kさま(50代・女性)は、お父さまを亡くされて1か月ほど経った頃にお見えになりました。ご相談は、「父が持っていた8戸のアパートのことです。入居者さんから『家賃が振り込めない』と電話が来ました。私は東京に住んでいて、物件は地方です。何から手を付ければいいのでしょう」というものでした。

私はまず、「入居者さんとの契約は、結び直す必要はありません。賃貸人としての立場は、お父さまが亡くなった日に当然にご相続人へ移っています」とお伝えしました。Kさまは、「契約書を全部作り直さないといけないと思っていました」と驚かれました。

そのうえで、「まず入居者の方全員に、お父さまが亡くなったこと、今後の振込先、連絡窓口をお知らせする文書を出しましょう。契約の内容は従前どおりで変わらない、という一文を必ず入れてください」と申し上げました。

次に、「お預かりしている敷金は、いくらになりますか」とうかがいました。Kさまは黙ってしまわれました。契約書を探していただくと、8戸のうち6戸で敷金2か月分を預かっており、合計で100万円を超えることが分かりました。私は、「これは、入居者さんが退去されるときにお返しする債務です。お父さまの口座に残っていなくても、返す義務はご相続人に残ります。そのかわり、相続税の申告では債務として控除できる可能性がありますので、税理士に必ずお伝えください」とご説明しました。

Kさまには弟さまがいらっしゃり、遺産分割はまだ決まっていませんでした。そこで、「お父さまが亡くなった後の家賃は、法定相続分に応じてお二人のものになります。最高裁の判例で、遺産分割前の家賃は遺産とは別の財産とされているのです。あとでアパートをどちらかが取得しても、それまでの家賃はさかのぼって動きません」とお伝えしました。Kさまは、「弟に『全部姉さんが取った』と思われるのが怖かったので、はっきりしていて助かります」とおっしゃいました。

最後に、私は青色申告承認申請書の期限をお伝えしました。お父さまが亡くなったのは3月でしたので、「死亡の日から4か月以内」が期限でした。残り時間はわずかでした。「これは税務署への手続きです。今日、税理士にご連絡なさってください」と申し上げました。

Kさまは、入居者への通知文を発送し、相続人お二人の同意で家賃を受け取る口座を決め、期限内に青色申告承認申請書を提出されました。遠方の管理は地元の管理会社に委託し、火災保険の名義も変更されて、現在は遺産分割の話し合いを進めていらっしゃいます。

― 私たちから一言 ―

賃貸不動産の相続は、「法律は自動、実務は手動」です

賃貸アパートや貸家の相続のご相談をお受けしていて、いつも申し上げるのが「法律は自動ですが、実務は手動です」という言葉です。

賃貸人としての立場は、民法896条によって相続開始の日に自動的に移ります。契約を結び直す必要はなく、入居者の承諾も要りません。ここは、どうぞご安心ください。

けれども、家賃の振込先は自動では変わりません。火災保険の名義も、管理委託契約の名義も、登記も、税務署への届出も、誰かが動かなければ何も動きません。そして、その「誰か」が決まっていない期間が、いちばん危ないのです。家賃が入らない、修理が止まる、入居者が不安になる――そのうちに入居者が減り、収益が落ちていきます。

もう一つお伝えしたいのは、賃貸不動産は「もらって嬉しいだけの財産」ではないということです。預かった敷金の返還債務、修繕の義務、ローンの返済、そして入居者の暮らしに対する責任がついてきます。遺産分割のときは、収益だけでなく、この負担も並べて話し合ってください。兄弟で持分を分け合う共有は、数年後に必ず行き詰まります。

まず入居者への通知、次に敷金の洗い出し、そして税務の期限。この順番だけ覚えていただければ、最初の1か月は乗り切れます。どうぞ、契約書の束を抱えたままでかまいませんので、ご相談にお越しください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

この記事のまとめ

  • 賃貸人が亡くなると、賃貸人としての地位は相続開始の時に当然に相続人へ承継されます。根拠は民法896条の包括承継です。賃貸借契約の結び直しは不要で、賃借人の承諾も要りません。
  • 売買などの譲渡の場面を規律するのが民法605条の2(2020年4月1日施行)です。相続は包括承継、売買は特定承継で、根拠条文が異なります。
  • 引き継ぐのは家賃を受け取る権利だけではなく、使用収益させる義務・修繕義務(民法601条・606条1項)、そして預かっている敷金の返還債務も一緒です。
  • 民法622条の2(2020年4月1日施行)は、敷金を名称のいかんを問わず賃借人の債務を担保する目的で交付される金銭と定義し、賃貸借が終了し、かつ賃貸物の返還を受けたときに残額を返還するとしています。
  • 譲渡の場面について、民法605条の2第4項は、地位の移転に伴って費用の償還に係る債務(民法608条)と敷金の返還に係る債務(民法622条の2第1項)が譲受人に承継されるとしています。地位と敷金返還債務は一体です。
  • 預り敷金は、相続開始の時に現に存する債務(相続税法13条1項)で確実と認められる債務(同法14条1項)であれば、債務控除の対象になり得ます。ただし名目上の全額が当然に控除できるわけではありません。
  • 最高裁平成17年9月8日判決は、相続開始から遺産分割までに生じた賃料債権は遺産とは別個の財産で、各共同相続人が相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するとしました。遺産分割の遡及効(民法909条)は及びません。
  • 預貯金債権は最高裁平成28年12月19日大法廷決定により遺産分割の対象とされており、家賃とは扱いが逆です。
  • 実務では、賃借人への通知(死亡の事実・連絡窓口・振込先・契約は従前どおり)を最優先で行います。通知は法律上の効力要件ではありませんが、これをしないと家賃が入りません。
  • 火災保険・管理委託契約の名義変更、相続登記(2024年4月1日から3年以内の申請義務・不動産登記法76条の2)、固定資産税の届出、ローンの承継を順に進めます。
  • 税務では、準確定申告(相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内)と、相続人自身の青色申告承認申請が必要です。提出期限は死亡の日が1月1日~8月31日なら死亡の日から4か月以内、9月1日~10月31日ならその年12月31日、11月1日~12月31日なら翌年2月15日です。
  • 店舗・駐車場などの収入がある場合は、消費税法10条の特例により、被相続人の基準期間の課税売上高も基礎として納税義務が判定されます。住宅の家賃は原則として非課税です。
  • 不動産所得の事業的規模は所得税基本通達26-9の「おおむね10室以上・おおむね5棟以上」が目安です。遺産分割で物件が分かれると規模に届かなくなることがあります。
  • 最新の取扱いは、e-Gov法令検索・国税庁・法務省でご確認のうえ、法的な判断は弁護士、税務は税理士、登記は司法書士にご相談ください。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。本記事は法律上または税務上の助言を提供するものではなく、特定の処理が適法・適正であることを保証するものではありません。賃貸人の地位や敷金返還債務の具体的な範囲、遺産分割前の賃料の精算方法、預り敷金のうち債務控除できる金額、青色申告承認申請の期限の当てはめ、消費税の納税義務の判定、事業的規模の該当性などは、賃貸借契約の内容、相続人の構成、遺産分割の状況、承継した事業の範囲など、個別の事実関係によって結論が変わり得る事項です。本文中の条文・判例・通達の引用は、読みやすさのために要旨として示した箇所があります。正確な文言は必ず原文をご確認ください。記載した法令名・条項・通達番号・期限・数値は執筆時点で確認したものですが、法令・通達・実務の取り扱いは改正等により変更される可能性があります。本記事の内容は2026年9月時点の情報に基づいていますが、実際にご検討される際は、必ずe-Gov法令検索、国税庁、法務省などで最新の内容をご確認のうえ、法的な判断については必ず弁護士に、相続税・所得税・消費税については税理士に、登記については司法書士にご確認ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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