「税務署から封筒が届きました」――まず落ち着いてください

最初に、この封筒の性格をはっきりさせておきます。

これは「調査」ではなく「照会」です

相続税の手続には、大きく分けて次の段階があります。

STEP 1相続開始
STEP 2税務署からの案内・お尋ね
STEP 3申告と納付(10か月)
STEP 4(必要に応じて)税務調査

今回のテーマはSTEP 2――申告よりも前の段階です。税務調査(STEP 4)は、多くは申告書を出したあとに行われるものですから、この封筒とはまったく別の話です。「調査が来た」とお考えになって眠れなくなる方がいらっしゃいますが、その必要はありません。税務調査については相続税の税務調査とは、来る時期・割合・名義預金など狙われるポイントと対策を完全ガイドで別に整理しております。

お尋ね=申告の前の照会
税務調査=申告の後の確認
段階がまったく違います。届いた封筒は、調査の通知ではありません

ただし、無視してよいものではありません

一方で、「調査ではないなら、放っておいてよい」というものでもありません。

この封筒が届くということは、税務署が「この方については、相続税の申告が必要かもしれない」と考えているということです。実際に申告が必要なのに出さないままでいれば、加算税や延滞税の問題が生じます。逆に、本当に申告が不要なら、その旨を伝えておくのが穏当です。

大切なのは、この封筒をきっかけに、ご自身で申告の要否を一度きちんと確かめることです。以下、その手順を追ってまいります。

届く2種類の文書――「ご案内」と「お尋ね(申告要否検討表)」

税務署から届く文書には、性格の異なる2種類があります。

文書性格中身
相続税の申告等についてのご案内 案内・お知らせ 相続税の申告期限や、申告が必要かどうかの判定方法などを知らせ、必要な場合には申告を促す文書
相続税についてのお尋ね
(相続税の申告要否検討表)
照会(質問) 相続人の構成、財産の概算、債務・葬式費用、生前贈与などを記入して、申告の要否を検討し、税務署に提出してもらう様式
[同封される様式について]
国税庁は「相続税の申告要否検討表(平成27年分以降用)」と、その【記載例】を、各国税局のページなどで公開しています。あわせて「相続税の申告要否判定コーナー」という、画面の案内にしたがって入力すると申告のおおよその要否を自動で判定できるサービスも案内されています。紙で検討される場合は様式を、パソコンやスマートフォンで検討される場合は判定コーナーを――というご案内です。

「検討表」は申告書ではありません

ここは、様式そのものにはっきり書かれている点です。検討表の末尾には、次の一文があります。

様式の末尾に書かれていること

「※ 相続税の申告が不要な場合には、お手数ですが、この『相続税の申告要否検討表』を作成していただき、税務署に提出してください。」
「【注意】 この『相続税の申告要否検討表』は、相続税の申告書ではありません。」
――つまり、この様式が想定しているのは「申告が不要な人が、不要であることを説明するために出す」という使い方です。申告が必要だとわかった場合は、検討表ではなく相続税の申告書を提出することになります。ここを取り違えると、「検討表を出したから申告は済んだ」という危険な誤解が生じます。

なぜ税務署は知っているのか――相続税法58条の情報の流れ

多くの方が驚かれるのが、「どうして税務署が、父が亡くなったことを知っているのか」という点です。誰も税務署に知らせていないのに、封筒が届く。不思議に思われるのは当然です。

根拠は相続税法58条にあります

答えは、相続税法58条(法務大臣等の通知)という条文にあります。ここは、インターネット上の解説がとくに古くなりやすいところですので、現行の条文の構造を確認しておきます。

条項誰から誰へ何をいつまでに
相続税法
58条1項
法務大臣から国税庁長官へ 死亡又は失踪に関する届書等情報(戸籍法120条の4第1項)に記録されている情報と、その者の戸籍又は除かれた戸籍の副本に記録されている情報で財務省令で定めるもの 届書等情報の提供を受けた日の属する月の翌月末日まで
相続税法
58条2項
市町村長から所轄税務署長へ 死亡等をした者が有していた土地又は家屋に係る固定資産課税台帳の登録事項その他財務省令で定める事項 届書を受理した日又は通知を受けた日の属する月の翌月末日まで

「市区町村が死亡届の情報を税務署に送る」という説明は、現行条文とずれています

インターネット上の解説の多くは、相続税法58条を「市町村長は、死亡届を受理したら、翌月末日までに所轄税務署長に通知しなければならない」と説明しています。これは、条文が改められる前の説明です。
現行の58条は、上の表のとおり1項=法務大臣から国税庁長官へ(戸籍情報の系統)、2項=市町村長から所轄税務署長へ(固定資産課税台帳の系統)という2本立てになっています。戸籍の情報は法務省の系統から国税庁へ、不動産の情報は市区町村から税務署へ――と、流れる情報の種類ごとに経路が分かれたとご理解いただくとわかりやすいと思います。条文を引用なさるときは、必ずe-Gov法令検索で現行条文をご確認ください。なお2項の事務は、同条3項により、地方自治法2条9項1号の第1号法定受託事務とされています。

法務大臣 届書等情報・戸籍の副本 1項 国税庁長官 翌月末日までに通知 市町村長 固定資産課税台帳の登録事項 2項 所轄税務署長 翌月末日までに通知 情報の種類ごとに 経路が分かれています
相続税法58条の情報の流れ(現行条文。e-Gov法令検索で確認)

不動産の情報が流れる、という意味

58条2項をあらためてご覧ください。市町村長が税務署長に通知するのは、亡くなった方が有していた土地又は家屋に係る固定資産課税台帳の登録事項です。

ここから、ひとつのことが見えてまいります。税務署は、亡くなった事実だけでなく、その方がどのような不動産をお持ちだったかも、早い段階で把握しているということです。ご自宅をお持ちの方が亡くなられた場合に案内が届きやすいのは、この情報の流れから自然に説明がつきます。

なお、税務署が申告要否の検討に用いる情報は、これだけではありません。所得税や贈与税の申告内容、各種の法定調書など、税務当局が保有する情報も参照されます。ただし「どの情報がいくつあれば案内を送るのか」という抽出の基準は公表されていません。したがって、案内が届いたこと・届かなかったことから、申告の要否を推し量ることはできません。ここは後述します。

申告要否検討表の12の欄を、順に読む

それでは、「相続税の申告要否検討表(平成27年分以降用)」の中身を見てまいります。様式は12の欄からなり、1から11までで材料を集め、12で判定するという組み立てです。

欄書くこと集計記号
1亡くなられた人の住所、氏名(フリガナ)、生年月日、亡くなられた日―
2亡くなられた人の職業及びお勤め先の名称を、「亡くなる直前」と「それ以前(生前の主な職業)」に分けて具体的に―
3相続人は何人いるか。相続人の氏名と亡くなられた人との続柄。(注)相続を放棄された人がおられる場合には、その人も含めて記入Ⓐ=相続人の数
4亡くなられた人や先代の名義の不動産――土地・建物を区分して、所在地・面積・路線価等・倍率・評価額の概算Ⓑ
5亡くなられた人の株式、公社債、投資信託等(亡くなった日現在の状況)Ⓒ
6亡くなられた人の預貯金・現金(亡くなった日現在の状況)Ⓓ
7相続人などが受け取られた生命(損害)保険金や死亡退職金。非課税枠を差し引いた後の金額Ⓔ
8上記4から7以外の財産――家庭用財産、自動車、貸付金、書画・骨とうなどⒻ
9相続時精算課税を適用した財産の贈与を受けた人がいる場合、その財産Ⓖ
10亡くなる前3年以内に、上記9以外の財産の贈与を受けた人がいる場合、その財産
※この欄には注意が必要です(後述)
Ⓗ
11亡くなられた人の借入金や未納となっている税金などの債務、および葬式費用Ⓘ
12相続税の申告書の提出が必要かどうかを検討する欄Ⓙ〜Ⓝ

読み飛ばされがちな、けれども意味のある3つの欄

[欄2]「それ以前(生前の主な職業)」まで書かせる理由
欄2は、職業を「亡くなる直前」と「それ以前」の2つに分けて書かせます。晩年に無職でいらしても、現役時代にどのようなお仕事をされていたかは、財産の規模を推し量る手がかりになります。「今は年金だけだから財産などない」という感覚と、税務署が見ている像がずれることがあるのは、この欄が示すとおりです。
[欄4]「亡くなられた人や先代の名義の不動産」
欄4は、亡くなられた方ご本人の名義だけでなく、先代の名義のままになっている不動産も書くよう求めています。お祖父さまの名義のままの土地、といったものです。相続登記が済んでいない不動産も、相続税の課税対象から外れるわけではありません。2024年4月1日から相続登記は義務化されておりますので、この機会にご確認ください(相続登記の義務化)。財産の探し方は相続財産の調べ方――不動産は名寄帳、預金は残高証明、株は「ほふり」、保険は生命保険契約照会制度で漏れなく把握するもご覧ください。
[欄3の注記]「相続を放棄された人も含めて記入」
欄3には「(注)相続を放棄された人がおられる場合には、その人も含めて記入してください。」と書かれています。これは相続税法15条2項と対応しています。同項は、基礎控除の計算に使う相続人の数について「相続の放棄があつた場合には、その放棄がなかつたものとした場合における相続人の数とする」と定めているからです。放棄した人がいても、基礎控除の額は減りません。

欄7――非課税枠を引いた後の金額を書きます

欄7は、少しだけ計算が必要な欄です。生命保険金と死亡退職金には、それぞれ非課税枠があります。様式は、次のように計算するよう指示しています。

生命保険金 -(Ⓐの人数 × 500万円)= ホ
死亡退職金 -(Ⓐの人数 × 500万円)= ヘ
ホ + ヘ = Ⓔ
様式には「※赤字のときはゼロ」と明記されています

保険金の枠と退職金の枠は、それぞれ別枠です。一方で余った枠を他方に回すことはできません。そして、いずれもマイナスになったらゼロ――ここを間違えて、マイナスの数字を他方から差し引いてしまう例があります。詳しくは生命保険を使った相続対策、非課税枠「500万円×法定相続人」の正しい活かし方をご覧ください。

欄10の落とし穴――様式は「3年以内」、法律は「7年以内」

この記事で、もっともお伝えしたい点です。

様式の欄10には、こう書かれています

申告要否検討表の欄10の見出しは、次のとおりです。

[申告要否検討表 欄10]
「亡くなられた人から、亡くなる前3年以内に、上記9以外の財産の贈与を受けた人がおられる場合には、その財産について記入してください。」

ところが、現行の相続税法19条は「7年以内」です

一方、相続税法の条文をご覧ください。相続税法19条の見出しは、現在このようになっています。

相続税法19条(相続開始前七年以内に贈与があつた場合の相続税額)

条文は、「相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前七年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては……その価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなし」と定めています。
さらに、加算する金額について「加算対象贈与財産のうち当該相続の開始前三年以内に取得した財産以外の財産にあつては、当該財産の価額の合計額から百万円を控除した残額」という調整が置かれています。つまり、相続開始前3年以内の贈与は全額、3年より前で7年以内の部分は合計額から100万円を差し引いた残額が加算対象になる、という構造です。

相続開始前3年以内の贈与 → 全額を加算
3年より前で7年以内の贈与 → 合計額から100万円を控除した残額を加算
相続税法19条1項(e-Gov法令検索で確認)。「7年ルール」と呼ばれています

なぜ様式と法律がずれているのか

公開されている申告要否検討表の様式が「平成27年分以降用」であることが理由と考えられます。加算期間を3年から7年に見直す改正は、その後に行われました。様式が改正に追いついていない状態だとお考えください。

様式の欄をそのまま埋めるだけでは、足りない可能性があります

お伝えしたいのは、この一点です。「様式に3年と書いてあるから、4年前の贈与は書かなくてよい」とお考えになるのは危険です。相続税の申告が必要かどうかを判定するうえでは、現行の相続税法19条にしたがって、加算の対象になる贈与を拾う必要があります。
なお、この加算期間の見直しには経過的な取扱いがあり、いつの贈与が何年分さかのぼるかは、相続開始の時期によって変わります。ご自身のケースで何年分を拾えばよいかは、必ず国税庁の最新の情報をご確認いただくか、税理士にご相談ください。制度の全体像は生前贈与の「7年ルール」完全ガイド――2024年改正で何が変わったか、いつまでに何をすべきかで詳しく整理しております。

あわせて、欄9(相続時精算課税を適用した財産)についても、制度の見直しが行われています。相続時精算課税にも基礎控除が設けられるなどの改正がありましたので、欄9・欄10のどちらに、いくら書くのかは、様式の見出しだけで判断せず、最新の取扱いをご確認ください。相続時精算課税の考え方は相続時精算課税制度もご覧ください。

[迷われたら、判定コーナーという選択肢もあります]
国税庁は、紙の様式のほかに「相続税の申告要否判定コーナー」を案内しています。画面の案内にしたがって入力すると、申告のおおよその要否が自動で判定されるしくみです。ウェブ上のサービスは、紙の様式よりも改正が反映されやすいという利点があります。紙の欄と法律の内容がずれている点が気になる場合は、こちらを併用なさるのもよい方法です。

12欄の判定式――基礎控除額Ⓜと比べて黒字か赤字か

集めた材料を、欄12で組み立てます。様式が指示している計算は、次のとおりです。

  1. Ⓑ〜Ⓖを合計して、Ⓙを出す Ⓑ(不動産)+Ⓒ(有価証券)+Ⓓ(預貯金・現金)+Ⓔ(保険金・退職金の非課税枠控除後)+Ⓕ(その他の財産)+Ⓖ(相続時精算課税の贈与財産)=Ⓙ
  2. Ⓙから、Ⓘ(債務・葬式費用)を引いて、Ⓚを出す (Ⓙ-Ⓘ)=Ⓚ。様式には「※赤字のときはゼロ」と明記されています。債務のほうが多くても、マイナスにはしません。
  3. Ⓚに、Ⓗ(贈与財産)を足して、Ⓛを出す (Ⓚ+Ⓗ)=Ⓛ。贈与財産は、債務を引いた「後」に足します。順番が決まっている点にご注意ください。
  4. 基礎控除額Ⓜを計算する 3,000万円 +(Ⓐの人数 × 600万円)=Ⓜ。この算式は相続税法15条1項が定めるものです。
  5. ⓁからⓂを引いて、Ⓝを出す (Ⓛ-Ⓜ)=Ⓝ。このⓃの符号が、判定の結論になります。
Ⓝが黒字 → 相続税の申告が必要です
Ⓝが赤字 → 相続税の申告は不要です
申告要否検討表 欄12の記載どおり

様式自身が「これは概算です」と断っています

ここで見落としてはいけないのが、欄12に添えられた注意書きです。

「ⓁとⓂの金額の差が小さい場合には、更に検討が必要です」

様式には「※ あくまでも概算による結果ですので、ⓁとⓂの金額の差が小さい場合には、申告の要否について更に検討する必要があります。」と書かれています。
これは、たいへん正直な注意書きです。不動産の評価額は「概算」で書くことになっており、実際の評価とは差が出ます。路線価に補正率をかける計算、小規模宅地等の特例、名義預金の扱い――本格的に計算すると、Ⓛの数字は上にも下にも動きます。
Ⓛが基礎控除額Ⓜのすぐ下に来た場合ほど、危ないとお考えください。「赤字だから申告不要」と結論を出す前に、税理士にご相談いただくことを強くおすすめします。

もうひとつ――「税額ゼロ」と「申告不要」は違います

この検討表が判定しているのは、「課税価格の合計額が基礎控除額を超えるか」という点です。ところが実務では、基礎控除を超えていても、特例や控除を使えば税額がゼロになるというケースが数多くあります。代表的なのが次の2つです。

制度効果注意点
配偶者の税額軽減 配偶者が取得した財産のうち、法定相続分相当額または1億6,000万円のいずれか多い金額までは、相続税がかからない 適用を受けるためには、原則として相続税の申告が必要
小規模宅地等の特例 一定の宅地等について、相続税の評価額を大きく減額できる 適用を受けるためには、原則として相続税の申告が必要

「特例を使えば税金はゼロになるのだから、申告しなくてよい」――これは、相続税の実務でもっとも危険な誤解のひとつです。これらの特例は、申告することが適用の前提とされています。申告しなければ特例が使えず、その結果として税額が生じてしまう、ということが起こり得ます。詳しくは配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例をご覧いただき、必ず税理士にご確認ください。

ご相談事例
※以下は、実際のご相談を参考に構成した架空の事例です。特定の個人・団体とは関係ありません。

「うちは関係ないと思っていました」――封筒を半年しまい込んでいたBさま

Bさま(50代・男性)からご連絡をいただいたのは、お父さまが亡くなられてから8か月ほど経ったころでした。お手元には、数か月前に届いた税務署からの封筒があるとのことでした。

「開けてはみたのですが、『お尋ね』と書いてあって、なんだか怖くなって引き出しにしまってしまいました。うちは大した財産もないので、関係ないだろうと」――こうおっしゃいました。同じようなお話は、決して珍しくありません。

ご一緒に検討表を埋めてまいりました。相続人はお母さまとBさま、妹さまの3人。基礎控除額は3,000万円+600万円×3人=4,800万円です。

ご自宅の土地建物が概算で約3,200万円。預貯金が約1,400万円。生命保険金が1,500万円でしたが、非課税枠が500万円×3人=1,500万円ですので、欄7はゼロ。ここまでの合計が約4,600万円。債務と葬式費用が約250万円ですので、差し引いて約4,350万円――基礎控除額4,800万円を下回っています。

Bさまは「やはり関係なかったですね」と、ほっとしたご様子でした。ところが、ここでもうひとつうかがいました。「お父さまから、生前に贈与を受けたことはありませんか」と。

すると、妹さまが5年ほど前に住宅の資金として数百万円を受け取っていたことがわかったのです。様式の欄10は「亡くなる前3年以内」となっていましたので、Bさまは「5年前なら書かなくていいのですよね」とおっしゃいました。

ここが、この記事でお伝えしたかった点です。現行の相続税法19条の見出しは「相続開始前七年以内に贈与があつた場合の相続税額」です。様式の「3年以内」という記載だけで判断するわけにはまいりません。贈与の時期によっては、加算の対象になる可能性がありました。

Bさまのケースは、最終的に提携する税理士に確認していただくこととなりました。贈与のときに住宅取得等資金の非課税の特例を使っていたかによっても扱いが変わり得るためです。申告期限まで、残り2か月――ぎりぎりのご相談でした。

Bさまが帰りぎわにおっしゃった言葉が、忘れられません。「あの封筒、すぐに開けて相談していればよかった」。お尋ねの封筒は、怖いものではなく、期限までにお知らせしてくれる合図です。どうか、しまい込まないでください。

返送しないとどうなるか/届かなくても申告が必要なとき

最後に、実務でよくいただく2つのご質問にお答えします。

Q. 検討表を返送しなかったら、罰則がありますか

相続税法は、この「検討表を提出しなければならない」という義務を定めているわけではありません。様式の文言も「お手数ですが……税務署に提出してください」という依頼の形です。相続税の申告書とは性格が異なる、行政上の照会だとご理解いただくのが実際に近いと思われます。

ただし――ここからが大切です。

「提出義務がない」=「放っておいてよい」ではありません

返送しないままでいると、税務署から見れば申告の要否が未確認の状態が続きます。その結果、再度の照会、お電話でのご連絡、来署のご依頼といった対応につながることがあります。やりとりが長引くだけで、よいことは何もありません。
そして何より重大なのは、本当は申告が必要だった場合です。検討表を出したか出さなかったかにかかわらず、申告義務は消えません。期限までに申告しなければ、無申告加算税や延滞税の問題が生じます。「返送しなかったこと」そのものより、「申告が必要なのに出さなかったこと」のほうが、はるかに重いとお考えください。

参考――無申告加算税の割合(国税通則法66条)

相続税に限らず、期限内に申告しなかった場合の無申告加算税は、国税通則法66条に定めがあります。仕組みが細かいので、要点だけ整理します。

場面割合根拠
原則 15%(納付すべき税額のうち50万円を超える部分は+5%=20%) 66条1項・2項
納付すべき税額が
300万円を超えるとき
50万円以下の部分=15%/50万円超300万円以下の部分=20%/300万円を超える部分=30%という区分計算 66条3項
調査による更正・決定を
予知しないでした期限後申告
10%(区分計算の場合は各割合から5%を減じた割合) 66条1項かっこ書・3項かっこ書
調査通知がある前に
自主的にした期限後申告
5% 66条8項
一定の要件を満たし、法定申告期限から
1月を経過する日までにした期限後申告
無申告加算税を適用しない(期限内申告書を提出する意思があったと認められる場合として政令で定める場合に該当することなどが要件) 66条9項

この表からわかることは、はっきりしています。気づいたら、できるだけ早く、自分から申告する。調査の連絡が来る前と後とでは、割合が大きく違います。「もしかすると必要かもしれない」と思われた時点でご相談いただくのが、結果としていちばん軽く済みます。期限と納付の詳細は相続税の申告と納付、10か月の期限・現金一括の原則・延納と物納・ペナルティを完全ガイドをご覧ください。

Q. 案内が届かなければ、申告しなくてよいのですか

いいえ。ここが、この記事でもっとも強調しておきたい点です。

申告が必要かどうかは
封筒が届いたかどうかではなく
課税価格が基礎控除額を超えるかで決まります
相続税法27条1項・15条1項

相続税法27条1項は、課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において相続税額があるときは、その相続の開始があつたことを知つた日の翌日から十月以内に申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない、と定めています。「税務署から案内が届いたときは」とは、どこにも書かれていません。

ですから、次の2つがどちらも起こり得ます。

状況結論
案内・お尋ねが届いた それだけで申告義務が確定するわけではありません。計算した結果、基礎控除額以下であれば申告は不要です(特例の適用を受ける場合を除きます)
案内・お尋ねが届かなかった それだけで申告が不要になるわけではありません。基礎控除額を超えていれば、届かなくても申告が必要です

提出先は「被相続人の最後の住所地」の税務署です

もうひとつ、間違えやすい点を。相続税の申告書の提出先は、相続人ご自身がお住まいの地域の税務署ではありません。

相続税法27条1項は提出先を「納税地の所轄税務署長」としており、相続税法62条3項が「納税義務者が死亡した場合においては、その者に係る相続税又は贈与税については、その死亡した者の死亡当時の納税地をもつて、その納税地とする」と定めています。つまり、亡くなられた方の死亡当時の住所地を管轄する税務署です。相続人が全国に散らばっていても、提出先は一つになります。

なお相続税法27条5項により、申告書の提出先の税務署長が同一であるときは、相続人が共同して申告書を提出することができるとされています。実務では、この共同提出の形をとることが多くなっています。

― 私たちから一言 ―

あの封筒は、責める手紙ではありません。期限を教えてくれる合図です

ご相談の場で、税務署からの封筒を持ってこられる方の表情は、たいてい硬いものです。「何か、悪いことをしてしまったのでしょうか」――そう切り出される方も、少なくありません。官公庁からの封筒には、それだけの重みがあるのだと、あらためて思います。

ですから私は、まずこう申し上げるようにしております。「これは、責める手紙ではありません。期限がありますよ、と教えてくれている合図です」と。実際、そのとおりなのです。この封筒が届くのは、たいてい相続開始から数か月後。申告期限の10か月まで、まだ時間が残っている時期です。もし届かなかったら、期限を過ぎてから気づくことになったかもしれません。

そのうえで、専門家として申し上げなければならないことがあります。この検討表は、たいへんよくできた様式ですが、万能ではありません。不動産は「概算」で書くことになっています。名義預金のように、通帳の名義とご本人の財産が食い違う論点は、この様式では拾いきれません。そして本文で申し上げたとおり、贈与の欄は「3年以内」のままです。――様式を埋めて赤字が出たからもう安心、とはならない場合があるのです。

私がとくに気をつけているのが、ⓁとⓂの数字が近いケースです。基礎控除額をわずかに下回った、というとき。ご相談者は「よかった、ぎりぎりセーフでした」とおっしゃいます。けれども私たちは、そこで手を止めません。不動産の評価をきちんと計算し直したら、ぎりぎりアウトだった――このパターンが、実務ではいちばん怖いのです。様式自身が「差が小さい場合には、申告の要否について更に検討する必要があります」と断っているのは、まさにこのことでしょう。

そして最後に、いちばんお伝えしたいこと。封筒を、引き出しにしまわないでください。ご相談を受けていて心が痛むのは、期限が目前になってからお持ちになるケースです。届いたその日に開けて、わからなければどなたかに聞く。それだけで、選べる道が何倍にも増えます。「これ、どういう意味ですか」――その一言からで結構です。封筒を手に、どうぞお気軽にお電話ください。当センターでは、提携する税理士とご一緒に、申告が必要かどうかの見立てからお手伝いしております。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

「相続税についてのお尋ね」でよくある7つの落とし穴

最後に、実務でとくに多い誤解を7つ、整理いたします。

  1. 「税務調査が来た」と思い込んでしまう お尋ねは申告よりも前の段階の照会で、税務調査は多くの場合、申告の後に行われるものです。段階がまったく違います。まず封筒を開けて、中身がどちらの文書かを確かめてください。
  2. 検討表を出したから申告は済んだ、と思ってしまう 様式には「【注意】 この『相続税の申告要否検討表』は、相続税の申告書ではありません。」と明記されています。申告が必要な場合は、別に相続税の申告書を提出しなければなりません。
  3. 欄10の「3年以内」をそのまま信じてしまう 公開されている様式は「平成27年分以降用」で、現行の相続税法19条の見出しは「相続開始前七年以内に贈与があつた場合の相続税額」です。加算期間は相続開始の時期によって変わります。必ず国税庁の最新の情報をご確認いただくか、税理士にご相談ください。
  4. 相続放棄した人を、相続人の数から外してしまう 様式の欄3には「(注)相続を放棄された人がおられる場合には、その人も含めて記入してください。」とあります。相続税法15条2項により、放棄がなかったものとした場合の相続人の数で基礎控除額を計算します。
  5. 「案内が届かなかったから申告不要」と考えてしまう 相続税法27条1項が定める申告義務は、課税価格の合計額が基礎控除額を超えるかどうかで決まります。封筒が届いたかどうかは、申告義務とは関係ありません。
  6. 「特例を使えばゼロだから申告不要」と考えてしまう 配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は、適用を受けるために原則として相続税の申告が必要とされています。「税額ゼロ」と「申告不要」はまったく別です。適用の可否と手続は、必ず税理士にご確認ください。
  7. 申告書を、自分の住所地の税務署に出そうとする 提出先は納税地の所轄税務署長(相続税法27条1項)であり、納税地は死亡した者の死亡当時の納税地(同法62条3項)です。つまり亡くなられた方の最後の住所地を管轄する税務署に提出します。

この記事のまとめ

  • 税務署から届く封筒には、「相続税の申告等についてのご案内」(案内)と「相続税についてのお尋ね」=「相続税の申告要否検討表」(照会)の2種類がある。いずれも申告より前の段階のもので、税務調査の通知ではない。
  • 税務署が相続開始を把握する根拠は相続税法58条。現行条文は1項=法務大臣から国税庁長官へ(戸籍法120条の4第1項の届書等情報・戸籍の副本の情報等)、2項=市町村長から所轄税務署長へ(死亡等をした者が有していた土地・家屋に係る固定資産課税台帳の登録事項等)で、いずれも翌月末日まで。「市町村長が死亡届の情報を税務署へ」という説明は改正前のもの。
  • 申告要否検討表は12の欄。1〜11で材料を集め、12で判定する。Ⓐ=相続人の数/Ⓑ=不動産/Ⓒ=有価証券/Ⓓ=預貯金・現金/Ⓔ=保険金・退職金(非課税枠控除後)/Ⓕ=その他の財産/Ⓖ=相続時精算課税の贈与/Ⓗ=その他の贈与/Ⓘ=債務・葬式費用。
  • 欄7の非課税枠は生命保険金・死亡退職金それぞれ500万円×Ⓐの人数で、様式には「※赤字のときはゼロ」と明記されている。
  • 欄3の注記により、相続を放棄した人も相続人の数に含めて記入する。これは相続税法15条2項(放棄がなかったものとした場合の相続人の数)と対応する。
  • 欄4は「亡くなられた人や先代の名義の不動産」を書かせる。相続登記が済んでいない不動産も課税対象である。
  • 欄10は「亡くなる前3年以内」のままだが、現行の相続税法19条の見出しは「相続開始前七年以内に贈与があつた場合の相続税額」。同条は相続開始前3年以内の贈与は全額、それ以外(3年より前で7年以内)の部分は合計額から100万円を控除した残額を加算すると定める。様式は「平成27年分以降用」で改正に追いついていない。
  • 欄12の判定はⒷ〜Ⓖの合計=Ⓙ →(Ⓙ-Ⓘ)=Ⓚ(※赤字のときはゼロ)→(Ⓚ+Ⓗ)=Ⓛ → 基礎控除額Ⓜ=3,000万円+600万円×Ⓐ →(Ⓛ-Ⓜ)=Ⓝ。Ⓝが黒字なら申告が必要、赤字なら申告は不要。
  • ただし様式自身が「あくまでも概算による結果ですので、ⓁとⓂの金額の差が小さい場合には、申告の要否について更に検討する必要があります」と注意している。
  • 様式の末尾には「申告が不要な場合には……税務署に提出してください」「この検討表は、相続税の申告書ではありません」と記載されている。検討表の提出は、相続税の申告に代わるものではない。
  • 期限内に申告しなかった場合の無申告加算税は国税通則法66条による。原則15%(50万円超の部分は20%)、納付すべき税額が300万円を超えるときは300万円超の部分30%(同条3項)、調査による更正・決定を予知しないでした期限後申告は10%、調査通知前に自主的にした期限後申告は5%(同条8項)などの区分がある。
  • 申告義務は、封筒が届いたかどうかではなく、課税価格の合計額が基礎控除額を超えるかどうかで決まる(相続税法27条1項・15条1項)。届いても不要な場合があり、届かなくても必要な場合がある。
  • 配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は、適用を受けるために原則として申告が必要。「税額ゼロ」と「申告不要」は別である。
  • 申告書の提出先は納税地の所轄税務署長(27条1項)で、納税地は死亡した者の死亡当時の納税地(62条3項)=被相続人の最後の住所地を管轄する税務署。提出先が同一であれば共同提出ができる(27条5項)。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。本記事は税務上の助言を提供するものではなく、特定の申告方法や申告の要否についての判断を保証するものでもありません。相続税の申告が必要かどうかは、財産の評価額、特例の適用可否、贈与の時期と内容、相続人の構成など、個別の事実関係によって結論が変わり得る事項です。とくに、不動産の評価、名義預金の判定、生前贈与の加算期間、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用要件については、判断を誤りやすい領域です。また、生前贈与の加算期間および相続時精算課税制度については見直しが行われており、いつの贈与がどこまでさかのぼるかは相続開始の時期によって異なります。本文で述べたとおり、国税庁が公開している申告要否検討表の様式は平成27年分以降用であり、その後の改正が反映されていない欄があります。様式の記載のみで申告の要否を判断せず、必ず最新の情報をご確認ください。税務署から届いた文書の性格や、返送の要否についてご不明な点がある場合は、文書に記載された連絡先または所轄の税務署にご確認ください。記載した法令名・条項・数値は執筆時点で一次情報により確認したものですが、法令・通達・様式は改正される可能性があります。本記事の内容は2026年8月時点の情報に基づいていますが、実際にご検討される際は、必ず国税庁、e-Gov法令検索などの一次情報で最新の内容をご確認のうえ、税理士などの専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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