「妻の次は長男に」――遺言では、そこまで決められません

ご相談のなかで、もっとも切実にうかがうお話の一つが、これです。

[ご相談で、実際にうかがったお話]
「十年前に再婚しました。今の妻には、たいへん世話になっています。私が死んだら、この家に住み続けてほしい。生活にも困らないようにしてやりたい。けれども、妻が亡くなった後、この家が妻のご兄弟のところへ行ってしまうのは、どうしても納得がいかないのです。先妻との間の長男に戻してやりたい」
――どちらも大切にしたい。そのお気持ちは、少しも矛盾していません。けれども、遺言だけでは、この願いはかなえにくいのです。

なぜ、遺言では難しいのか

遺言に「甲不動産は妻に相続させる」と書けば、その不動産は妻のものになります。ここまでは、確実です。

問題は、その先です。妻が亡くなったとき、その不動産は「妻の相続財産」になります。妻の相続人が承継します。ご夫婦の間にお子さまがおられなければ、妻のご兄弟が相続人になることもあります。

これを避けようとして、遺言に「妻が死亡した後は、長男に承継させる」と書き添える。これが、いわゆる後継ぎ遺贈です。

後継ぎ遺贈の効力には、争いがあります

遺言によるこの種の定めについては、学説上も実務上も見解が分かれており、当然に有効であるとはいえません。「妻が取得した所有権に、後から制限を付けられるのか」「先に亡くなった方が、妻の相続まで支配してよいのか」という点が問題になるからです。
したがって、遺言にそう書いたからといって、思いどおりになるとは限りません。この点は、必ず弁護士にご確認ください。

信託なら、財産そのものは動かさずに済みます

信託の発想は、まったく違います。

財産の名義は、受託者に移します。そのうえで、そこから生まれる利益を受け取る権利(受益権)を、誰にどう与えるかを、あらかじめ決めておくのです。

遺言の場合
財産の所有権そのものが、妻に移る
→ その先は、妻の相続の問題になる
信託の場合は、所有権は受託者にとどまり、受益権だけが順に移ります

つまり、不動産の名義は受託者のもとにとどまったまま、受益者だけが「夫 → 妻 → 長男」と移っていく設計ができます。妻は受益者として住み続けられますが、所有権を取得したわけではないため、妻の相続財産にはなりません。

信託の基本的なしくみについては、家族信託(民事信託)とは、認知症に備える財産管理のしくみと費用・注意点を完全ガイドをあわせてご覧ください。

後継ぎ遺贈型受益者連続信託とは――信託法91条が認めたしくみ

信託法91条が置かれた意味

信託法91条は、受益者の死亡により当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め――受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含みます――のある信託について、その効力の及ぶ範囲を定めた規定です。

[条文が置かれたこと自体に、意味があります]
平成18年に全面改正された現行の信託法(平成18年法律第108号)で、この91条が新たに設けられました。
遺言による後継ぎ遺贈の効力には争いがあるのに対し、信託の形をとれば、受益者を連続させることができる――そのことを、法律が正面から前提としたのです。ここが、この制度のもっとも大きな意義です。

登場人物を整理します

立場役割典型的には
委託者財産を託す人。信託を設定する人ご本人(父)
受託者名義を引き受け、信託目的に従って管理・処分する人長男、信託会社など
当初受益者最初に利益を受ける人ご本人(父)自身
第二受益者当初受益者の死亡により受益権を取得する人妻
第三受益者第二受益者の死亡により受益権を取得する人長男

典型的な設計では、委託者ご自身が当初受益者になります。これを自益信託といいます。ご自分の財産から、ご自分が利益を受けるだけですので、信託を設定した時点では、原則として贈与税の問題は生じません。

「連続」とは、どういうことか

1信託設定。受益者は委託者ご自身(自益信託)。財産の名義は受託者へ
2委託者が死亡。定めに従い、妻が第二受益者として受益権を取得
3妻が死亡。定めに従い、長男が第三受益者として受益権を取得
4信託行為に定めた終了事由が生じ、残余財産が帰属権利者へ

ここで大切なのは、2から3にかけて、妻の相続を経由していないということです。妻の受益権は妻の死亡によって消滅し、長男は信託行為の定めによって新たな受益権を取得します。妻から長男へ相続されたのではありません。

「妻の遺言でも、ひっくり返せない」ということ

この設計の要点は、妻が受益権を誰かに遺贈することができない点にあります。妻の受益権は、妻の死亡で消滅するものとして設計されているからです。
だからこそ、「妻の次は長男に」という願いが実現できるのですが、裏を返せば、妻の側から見れば、自分では動かせない財産ということでもあります。ご家族全員にご説明のうえで組むことを、私どもは強くおすすめしております。

30年ルールの正しい読み方――「30年で終わる」ではありません

ここが、この制度でもっとも誤解の多いところです。

条文の趣旨

信託法91条(趣旨)
受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めのある信託は、
信託がされた時から30年を経過した時以後に現に存する受益者が
その定めにより受益権を取得した場合であって、
その受益者が死亡するまで、または
その受益権が消滅するまでの間、効力を有する
正確な条文は、e-Gov法令検索で信託法91条をご確認ください

よくある誤解と、正しい読み方

内容
よくある誤解「信託は30年で終わる」「30年経ったら財産が戻ってくる」
正しい読み方30年を経過した時以後に現に存する受益者が、その定めによって受益権を取得したら、その方が最後。その方が生きているかぎり、信託は続く

言いかえれば、30年という期間は、信託の存続期間の上限ではありません。「受益者を次々に交代させていく定めが、いつまで効力を持つか」を区切るものです。

[数字で追ってみます(あくまで理解のための例です)]
2026年に信託を設定したとします。30年を経過するのは2056年です。
仮に、2050年に第二受益者が受益権を取得したとしましょう。これは30年経過前ですので、この方の後にも、次の受益者が控えることができます。
その方が2060年に亡くなり、そこで第三受益者が受益権を取得したとします。これは30年経過後ですので、この第三受益者が「最後の受益者」になります。
その第三受益者が2090年まで生きておられれば、信託はそこまで続き得ます。設定から60年以上です。「30年で終わる」ではないことが、お分かりいただけると思います。

「20年」という数字とは別の話です

信託法259条の20年は、まったく別の制度です

信託について調べていくと、「20年」という数字に行き当たることがあります。これは信託法259条――受益者の定めのない信託(いわゆる目的信託)の存続期間についての定めです。
受益者を順に定めていく受益者連続型信託とは、対象がまったく違います。「信託には20年の制限がある」といった説明を目にされても、それは目的信託の話ですので、混同なさらないでください。

どんな場面で使われるか――再婚家庭、子のいないご夫婦、自社株

1. 再婚された方の「先妻の子に戻したい」

冒頭に挙げた場面です。今の配偶者の生活は守りたい。けれども、最終的には自分の血族に戻したい。この二つを両立させたいときに、もっともよく検討されます。

再婚家庭の相続関係については、前妻の子・再婚家庭の相続――前婚の子の相続分は同じ、連れ子は養子縁組が必要、除いた遺産分割は無効を完全ガイドもあわせてご覧ください。

2. お子さまのいないご夫婦

お子さまがおられない場合、配偶者と、ご自身のご兄弟(またはその子)が相続人になります。「妻に全部渡したいが、妻の死後は自分の甥に」というご要望には、受益者連続の設計がなじみます。

関連して、おひとりさま・子のいない人の相続とは、相続人がいないときの流れと生前対策を完全ガイドもご参照ください。

3. 自社株を、確実に後継者へつなぐ

同族会社のオーナーが、「まず自分、次に妻、その次は後継者である長男」と決めておきたい場合です。議決権の行方をあらかじめ定めておける点が重視されます。

株式が分散するリスクについては、同族会社の株式を相続したとき――遺産分割前の株式は「準共有」、権利行使者の指定(会社法106条)、相続人等に対する売渡請求(会社法174条〜177条)を完全ガイドで整理しております。ただし、事業承継税制との関係は、きわめて専門的な検討を要します。詳しくは事業承継税制(法人版)とは――自社株の相続税・贈与税が100%猶予されるしくみと、2027年9月30日に延びた特例承継計画の期限を完全ガイドをご覧のうえ、必ず税理士にご確認ください。

4. 障害のあるお子さまの「その後」を決めておく

「まず自分、次に障害のある子、その子が亡くなった後は、面倒を見てくれた妹に」といった設計も検討されます。

[ただし、ほかの選択肢もあります]
障害のあるお子さまへの備えについては、成年後見制度や、信託銀行等が受託する制度など、ほかの選択肢もあります。
成年後見制度とは――法定後見(後見・保佐・補助)と任意後見の違い・手続き・注意点を完全ガイドもあわせてご覧いただき、どの方法がご家庭に合うかは、専門家とご相談のうえでお決めください。

相続税・贈与税はどうなるか――相続税法9条の2と9条の3

ここからが、実務でもっとも慎重な検討を要する部分です。

受益権が移るたびに、課税の対象になります

相続税法9条の2は、受益者等が存する信託について、信託に関する権利を有する者が、その信託財産に属する資産および負債を取得し、または承継したものとみなすという考え方をとっています。

場面原則的な扱い
設定時(委託者=当初受益者の自益信託)原則として課税なし
当初受益者(委託者)の死亡により第二受益者が取得遺贈により取得したものとみなされ、相続税の対象
第二受益者の死亡により第三受益者が取得同じく相続税の対象
ご存命中に、適正な対価なく受益者が交代した場合原則として贈与税の対象

「一度組めば、その後は税金がかからない」ではありません

受益者連続型信託は、相続税を回避する道具ではありません。受益権が移るたびに、その都度、相続税の対象になるのが原則です。
「信託にすれば相続税が安くなる」といった説明を受けたら、いったん立ち止まってください。信託の主眼は財産の承継先を確実に決めることであって、節税ではありません。課税関係は必ず税理士にご確認ください。

相続税法9条の3――「制約がないもの」として扱われます

受益者連続型信託の受益権には、期間の制限や処分の制限が付けられているのが通常です。「一代かぎり」「譲渡できない」といった定めです。

ふつうに考えれば、そうした制約があるぶん、価値は低いはずです。ところが、相続税法9条の3は、受益者連続型信託に関する権利について、その制約が付されていないものとみなすという趣旨の特例を置いています。

相続税法9条の3(趣旨)
受益者連続型信託に関する権利については、
期間の制限や、価値の減少を伴う制約が付されている場合であっても、
その制約が付されていないものとみなす
評価額を下げる方向には働きません。詳しくは税理士にご確認ください

つまり、「制限が多いのだから、評価も安くなるだろう」という期待は、原則として通りません。

なお、相続税法上の「受益者連続型信託」の範囲は、相続税法施行令1条の8に定められています。信託法91条に当たるかどうかと、税法上の受益者連続型信託に当たるかどうかは、別々に確認する必要があります。

2割加算にも、ご注意ください

受益権を取得した方が、被相続人の一親等の血族および配偶者以外である場合には、相続税額の2割加算(相続税法18条)の問題が生じます。孫、甥姪、内縁のパートナーなどを受益者に指定する設計では、必ず検討が必要です。

詳しくは、相続税の2割加算とは――誰が対象か、孫・兄弟姉妹・甥姪が2割増しになるしくみを完全ガイドをご覧ください。

[配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は使えるのか]
「第二受益者が配偶者なら、配偶者の税額軽減は使えるのか」「自宅が信託財産なら、小規模宅地等の特例はどうなるのか」――たいへん多いご質問です。
これらは個別の事情と信託契約の内容によって結論が変わり得る、専門性の高い論点です。本記事で断定的に申し上げることはいたしません。信託を組む前に、必ず税理士にご確認ください。組んだ後では、修正がきかないことがあります。
ご相談事例
※以下は、実際のご相談を参考に構成した架空の事例です。特定の個人・団体とは関係ありません。

「妻には住まわせたい。でも、家は長男に戻したい」――Kさまのご相談

Kさま(70代・男性)は、15年ほど前に再婚なさった方です。先妻との間に長男がおられ、今の奥さまとの間にお子さまはありません。

ご相談の入口は、「妻は、私よりずっと若いのです。私が先に逝ったら、この家に住み続けてほしい。それは間違いありません」というものでした。

そのうえで、Kさまはこうおっしゃいました。「ただ、妻には弟さんがおられます。妻が亡くなった後、この家がその方のところへ行くと思うと、どうにも落ち着かないのです。この家は、私の父が建てたものですから」と。

私は、「遺言で『妻の死後は長男に』と書くことはできますが、その効力については争いがあります」と申し上げました。「確実になさりたいのであれば、信託という方法をご検討いただくことになります」と。

Kさまは、「信託というと、銀行の商品でしょうか」とお尋ねになりました。

私は、「そういうものもありますが、ご家族の間で契約を結ぶ形もあります」とお答えし、「信託法に、受益者を順に定めておける規定があります。ご自身、奥さま、長男さんという順に決めておくことができます」とご説明しました。

Kさまは、少し安心なさったご様子でしたが、すぐにこうお尋ねになりました。「それは、税金の面でも得なのでしょうか」と。

私は、「そこは、はっきり申し上げておきます」と前置きして、「受益権が移るたびに、相続税の対象になるのが原則です。信託は、節税のための道具ではありません」と申し上げました。

Kさまは、「なるほど。安くなる話ではないのですね」とおっしゃいました。「では、何のためにやるのかと言われれば――行き先を、確実に決めておくため、ということですか」と。

まさに、そのとおりです。私は、「もう一つ、大事なことがあります」と申し上げ、「長男さんにも遺留分があります。信託を使っても、それは消えません。ここを飛ばして進めると、後で必ずもめます」とお伝えしました。

Kさまは、しばらく黙っておられました。それから、「息子にも、妻にも、先に話しておくべきなのでしょうね」とおっしゃいました。

後日うかがったところでは、Kさまは長男さんと奥さまの双方に事情をお話しになったうえで、司法書士と税理士に入っていただき、契約書の作成を進めておられるとのことでした。

※上記は一般的な整理であり、実際の取り扱いは個別の事情により異なります。信託の設計は、必ず弁護士・司法書士・税理士にご確認ください。

遺留分は避けられるのか――東京地裁平成30年9月12日判決が示したこと

この論点を抜きに、受益者連続型信託は語れません。

遺留分は、信託でも消えません

兄弟姉妹以外の相続人には、遺留分が保障されています(民法1042条)。2019年7月1日に施行された改正相続法のもとでは、遺留分侵害額請求――金銭の支払を求める権利(民法1046条)として構成されています。

遺留分の基本については、遺留分とは、最低限保障される取り分をご覧ください。

「信託にすれば遺留分を回避できる」という説明は、うのみにしないでください

信託法91条は、民法の遺留分の規律を排除する条文ではありません。受益者連続型信託を組んだからといって、遺留分の問題が消えるわけではないのです。
むしろ、遺留分を意識せずに組んだ信託ほど、後々の紛争の火種になります。

東京地裁平成30年9月12日判決

この点について、実務でよく引用されるのが、東京地裁平成30年9月12日判決です。

[判決が示した考え方(概要)]
事案では、被相続人が所有する複数の不動産を信託財産とし、一部の相続人に受益権を集中させる一方、他の相続人にも形式上は受益権を与えるという設計がとられていました。
裁判所は、経済的利益の分配が想定されない不動産まで信託財産に含めるなどして、遺留分制度を潜脱する意図でされたと認められる部分について、公序良俗に反し無効としました。
もっとも、信託全体を一律に無効としたわけではありません。収益を生み、受益者に実質的な利益が帰属する部分については、判断を分けています。
なお、この判決は改正前の遺留分減殺請求の事案ですので、現行の遺留分侵害額請求のもとで、そのまま同じ結論になるとは限りません。この点も含め、必ず弁護士にご確認ください。

この判決から実務が学んだことは、単純です。「遺留分を害するために信託を使う」という設計は、危ういということ。逆にいえば、遺留分に配慮した設計であれば、受益者連続の定めそのものが否定されるわけではないということです。

では、どう備えるか

  1. 遺留分を侵害しない配分を、先に計算しておく――信託財産以外の財産も含めて、全体で検討します。
  2. 金銭を用意しておく――遺留分侵害額請求は金銭請求ですので、支払原資の確保が現実的な備えになります。生命保険の活用も検討されます。
  3. ご家族に、あらかじめ説明しておく――もっとも効果のある「対策」は、これかもしれません。
  4. 遺留分の生前放棄という制度もあります――ただし、家庭裁判所の許可が必要です。詳しくは遺留分の生前放棄とは――家庭裁判所の許可が必要な理由、相続放棄との違い・要件・落とし穴を完全ガイドをご覧ください。

信託の終わり方と、残った財産の行き先――信託法163条・182条と登記

信託は、いつ終わるのか

信託法163条は、信託の終了事由を列挙しています。信託行為に定めた事由が生じたとき、信託の目的を達成したとき、または達成することができなくなったとき、受託者が欠けた状態が一定期間続いたとき、信託財産が費用等の償還等に不足している場合において受託者が信託を終了させたときなどが挙げられています。

また、信託法164条により、委託者と受益者の合意によって信託を終了させることもできます(信託行為に別段の定めがある場合を除きます)。

91条の30年ルールと、163条の終了事由は別のものです

信託法91条は、「受益者を連続させる定めが、いつまで効力を持つか」を制限する規定です。30年の経過によって、信託そのものが当然に終了することを直接定めたものではありません。
信託の終了は、163条以下の終了事由によります。信託契約に、いつ終わるのかをきちんと書いておくことが、実務上きわめて大切です。

残った財産は、誰のものになるか

信託が終了すると、残余財産の行き先が問題になります。信託法182条は、残余財産受益者や帰属権利者として信託行為に定められた者に帰属することを基本としています。

[ここを書き忘れると、たいへんです]
「受益者は決めたけれど、終わったときのことは書いていなかった」――これは、実際に起こります。
残余財産の帰属先が定まらない場合には、信託法上の補充的なルールによることになりますが、ご本人の意図とは違う結果になりかねません。終了事由と残余財産の帰属は、必ずセットで定めてください。
なお、残余財産を取得した方には、その原因に応じて相続税または贈与税の問題が生じ得ます。必ず税理士にご確認ください。

信託の登記――名義を移すだけでは足りません

不動産を信託財産とする場合、信託法14条により、信託の登記をしなければ、その不動産が信託財産であることを第三者に対抗できません。

登記の実務では、不動産登記法97条が信託の登記の登記事項を、同法98条が申請の方法を定めています。所有権移転の登記と信託の登記は、一体のものとして扱われます。

忘れられやすい手続内容
受益者の変更受益者が交代したときは、登記記録の内容に応じて信託の変更の登記が必要になる場合があります
信託目録の管理信託の目的・管理方法・終了事由などが公示されます。登記記録は誰でも見ることができます
信託の終了時信託財産を帰属権利者へ移す登記と、信託登記の抹消が必要になります

登記については、必ず司法書士にご確認ください。信託の登記は、通常の相続登記とは実務がまったく異なります。

受託者の義務も、軽くはありません

受託者には、分別管理義務や帳簿等の作成・報告・保存の義務など、信託法上のさまざまな義務が課されます。「長男に名義を移しておくだけ」で済む話ではありません。

ご家族が受託者となる場合には、その負担を長年にわたって引き受けられるかを、あらかじめよくお話し合いください。

― 私たちから一言 ―

「二代先まで決める」ということの重み

受益者連続型信託のご相談をお受けするとき、私どもが必ず申し上げていることがあります。

「これは、ご自分が亡くなった後の、そのまた後まで決めてしまう仕組みです」ということです。

そう申し上げると、多くの方が、少し表情を変えられます。「そこまでするものなのですか」と。

そうなのです。信託法91条は、ご本人の意思を、驚くほど長い時間にわたって及ぼす力を持っています。設定から30年を超えて効力が続くことも、設計によってはあり得ます。

その力は、たいへんありがたいものです。再婚なさった方、お子さまのないご夫婦、障害のあるお子さまをお持ちの方――遺言では届かなかったところに、手が届くのですから。

けれども、力が強いということは、間違えたときの傷も深いということでもあります。私どもがお会いしてきた方のなかには、「思っていたのと違った」とおっしゃる方がおられました。受益権が移るたびに相続税の対象になると知らなかった方。遺留分を主張されて、初めて事の重大さに気づかれた方。

ですから、私どもは、順番を大事にしてくださいと申し上げています。まず、ご家族にお話しになること。次に、税理士に課税関係を確認すること。そのうえで、弁護士・司法書士とともに契約書を作ること。

「黙って組んでおいて、亡くなった後に分かればよい」――そうお考えになるお気持ちも、分からないではありません。けれども、残された方が困らないようにするための仕組みで、残された方を困らせてしまうのでは、本末転倒です。

どうか、お話しになるところから始めてください。私どもは、その場に立ち会うことができます。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

後継ぎ遺贈型受益者連続信託でよくある7つの落とし穴

  1. 「信託は30年で終わる」と思い込む 信託法91条は、信託がされた時から30年を経過した時以後に、その定めにより受益権を取得した受益者が死亡するまで(またはその受益権が消滅するまで)効力を有する、という趣旨の規定です。「30年で信託が終了する」という意味ではありません。30年経過後に受益権を取得した方が最後の受益者となり、その方が生きているかぎり信託は続き得ます。設定から60年以上続くことも、設計上はあり得ます。
  2. 信託法259条の「20年」と混同する 信託法259条は、受益者の定めのない信託(目的信託)の存続期間についての定めです。受益者を順に定めていく受益者連続型信託とは、対象がまったく違います。「信託には20年の上限がある」といった説明を目にされても、受益者連続型信託の話ではありません。
  3. 「信託にすれば相続税が安くなる」と期待する 受益権が移るたびに、その都度、相続税の対象になるのが原則です(相続税法9条の2)。しかも相続税法9条の3により、期間の制限や価値の減少を伴う制約は、ないものとみなされます。「制限が多いのだから安く評価されるはず」という期待は、原則として通りません。信託は節税の道具ではありません。課税関係は必ず税理士にご確認ください。
  4. 「信託を使えば遺留分を回避できる」と考える 信託法91条は、民法の遺留分の規律を排除する条文ではありません。東京地裁平成30年9月12日判決は、遺留分制度を潜脱する意図でされたと認められる部分について、公序良俗に反し無効としました。遺留分侵害額請求は金銭請求(民法1046条)ですので、支払原資の確保まで含めて設計してください。必ず弁護士にご確認ください。
  5. 受益者だけ決めて、終了事由と残余財産の帰属を書き忘れる 信託の終了事由は信託法163条以下、残余財産の帰属は信託法182条によります。信託行為に定めがなければ、ご本人の意図とは違う結果になりかねません。「誰が受益者か」だけでなく、「いつ終わるか」「終わったら誰のものになるか」まで、必ず定めてください。残余財産を取得した方には、その原因に応じて相続税または贈与税の問題が生じ得ます。
  6. 名義を移しただけで、信託の登記をしない 信託法14条により、信託の登記をしなければ、信託財産であることを第三者に対抗できません。登記事項は不動産登記法97条、申請方法は同法98条に定めがあり、所有権移転の登記と信託の登記は一体のものとして扱われます。受益者が交代したときの信託の変更の登記も忘れられがちです。登記については必ず司法書士にご確認ください。
  7. ご家族に説明しないまま、組んでしまう 第二受益者となる配偶者は、その受益権をご自身では動かせません。また、受託者となるご家族には、分別管理や帳簿・報告といった義務が長年にわたって課されます。何も知らされていなかった方が、後になって事情を知れば、不信につながります。「残された方が困らないように」と組んだ仕組みで残された方を困らせないためにも、ご家族への説明を、設計より先に置いてください。

この記事のまとめ

  • 遺言で「妻に相続させ、妻の死亡後は長男に」と定める、いわゆる後継ぎ遺贈については、その効力に争いがあり、確実な方法とはいえません。
  • 信託法91条は、受益者の死亡により当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(順次取得する旨の定めを含みます)のある信託について定めています。これを用いたものが後継ぎ遺贈型受益者連続信託です。
  • いわゆる30年ルールは、信託がされた時から30年を経過した時以後に、その定めにより受益権を取得した受益者が死亡するまで(またはその受益権が消滅するまで)効力を有するという趣旨です。「30年で信託が終わる」という意味ではありません。
  • 信託法259条の20年は、受益者の定めのない信託(目的信託)についての定めであり、受益者連続型信託とは別の話です。
  • 典型的には委託者ご自身が当初受益者となる自益信託とし、設定時には原則として贈与税の問題が生じない形にします。
  • 税務は相続税法9条の2によります。当初受益者(委託者)の死亡により第二受益者が受益権を取得したときは、遺贈により取得したものとみなされ、相続税の対象となります。受益権が移るたびに課税の対象になるのが原則です。
  • 相続税法9条の3は、受益者連続型信託に関する権利について、期間の制限や価値の減少を伴う制約が付されていないものとみなすという趣旨の特例です。制約があるから評価が下がる、とはなりません。
  • 相続税法上の受益者連続型信託の範囲は、相続税法施行令1条の8に定められています。信託法91条に当たるかどうかとは、別に確認する必要があります。
  • 受益者が一親等の血族および配偶者以外のときは、相続税額の2割加算(相続税法18条)の検討が必要です。
  • 信託法91条は、民法の遺留分の規律を排除するものではありません。東京地裁平成30年9月12日判決は、遺留分制度を潜脱する意図でされたと認められる部分を公序良俗違反として無効としました。現行法のもとでは遺留分侵害額請求(民法1046条、2019年7月1日施行)は金銭請求です。
  • 信託の終了事由は信託法163条以下、委託者と受益者の合意による終了は164条、残余財産の帰属は182条によります。終了事由と残余財産の帰属は、必ずセットで定めてください。
  • 不動産を信託する場合、信託法14条により信託の登記が対抗要件です。登記事項は不動産登記法97条、申請方法は同法98条に定めがあります。
  • 信託は、節税のための道具ではありません。その主眼は財産の承継先を確実に決めておくことにあります。設計と法的な紛争については必ず弁護士に、登記については必ず司法書士に、課税関係については必ず税理士にご確認ください。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。本記事は税務上または法律上の助言を提供するものではなく、特定の信託が有効であること、意図したとおりの承継が実現すること、課税額がいくらになることを保証するものではありません。信託の設計は、信託目的、受託者の適格性、受益権の内容、終了事由と残余財産の帰属、遺留分への配慮、他の相続財産との全体像など、個別の事実関係によって結論が変わり得る事項です。とくに、受益者連続型信託における配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用の可否、債務控除の扱い、事業承継税制との関係は、専門性がきわめて高く、断定的な説明ができない領域です。本文中の例示や整理は、制度の骨格をご理解いただくために単純化したものであり、実際の課税額や法的効果を示すものではありません。また、東京地裁平成30年9月12日判決は改正前の遺留分減殺請求の事案であり、現行の遺留分侵害額請求のもとで同じ結論になるとは限りません。記載した法令名・条項・判決・数値は執筆時点で確認したものですが、法令・通達・裁判実務は変更される可能性があります。本記事の内容は2026年9月時点の情報に基づいていますが、実際にご検討される際は、必ずe-Gov法令検索、国税庁、法務省などの一次情報で最新の内容をご確認のうえ、信託の設計と法的な紛争については必ず弁護士に、登記については必ず司法書士に、課税関係については必ず税理士にご確認ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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