「このお金は誰のものですか」――まず三つに分けて考えます

死亡事故のあとに動くお金は、いくつもの性質が混ざっています。ここを混ぜたまま考えると、判断を誤りやすくなります。まず、三つに分けてしまいましょう。

死亡事故で動くお金――三つの性質 ① 本人の損害賠償請求権 死亡慰謝料 逸失利益 死亡までの治療費など 相続されます (民法896条) ② 遺族固有の権利 遺族の慰謝料 扶養利益の喪失など 相続ではありません (民法711条ほか) ③ 保険契約による給付 生命保険金 死亡退職金など 受取人固有の権利 (相続税では「みなし相続財産」)
性質が違えば、相続・分割・課税の扱いも変わります

この記事では、主に①と②を扱います。③の生命保険金については、受取人が指定されていれば受取人固有の権利であり、相続税の計算ではみなし相続財産として扱われます。詳しくは生命保険を使った相続対策、非課税枠「500万円×法定相続人」の正しい活かし方をご覧ください。

[この記事の位置づけ]
交通事故の損害賠償は、賠償額の算定や過失割合の交渉など、弁護士の専門領域です。本記事は「そのお金が相続の場面でどう扱われるか」という観点から整理したものです。賠償額そのものの妥当性や、示談の進め方については、必ず交通事故に詳しい弁護士にご相談ください。当センターでも、必要に応じて専門家をご紹介しております。

本人の慰謝料・逸失利益は相続される――最高裁大法廷昭和42年11月1日

まず、①からです。

根拠は民法896条

民法896条は、「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めています。不法行為にもとづく損害賠償請求権も、被相続人の財産に属した権利ですから、この原則により相続人に承継されます。

死亡事故の場合、相続の対象になる主なものは次のとおりです。

項目内容
死亡慰謝料 亡くなられたご本人が受けた精神的苦痛に対する賠償
逸失利益 事故がなければ将来得られたはずの収入から、生活費相当額などを控除して算定される財産的損害
死亡までの治療費・入院費 事故から死亡までの間に生じた費用
死亡までの入通院慰謝料 事故から死亡までの間の精神的苦痛に対する賠償
物損 壊れた車や所持品などの損害

慰謝料も相続される――最高裁大法廷の判断

ここで、かつて激しく争われた論点があります。「慰謝料請求権は、その人の精神的苦痛に対するものだから、きわめて個人的な権利であって、相続されないのではないか」という考え方です。

この点について、最高裁判所大法廷は昭和42年11月1日の判決で、判断を示しました。

最高裁大法廷 昭和42年11月1日判決(民集21巻9号2249頁)

同判決は、不法行為による慰謝料請求権は、被害者が請求の意思を表明するなど特別の行為をしなくても、損害の発生と同時に発生し、被害者が死亡したときは相続人がこれを当然に承継するという趣旨を判示したものと理解されています。
この判断の実際的な意味は、大きいものです。それ以前には、「被害者が『残念だ』と言い残したかどうか」といった事情で結論が変わりかねない、という問題が指摘されていました。言葉を遺す間もなく亡くなられた方の遺族が救済されない――そのような結果を避けるための判断だったといえます。

即死であっても
ご本人の慰謝料請求権は 発生し、相続されます
最高裁大法廷 昭和42年11月1日判決の考え方

「父は即死でしたから、父の慰謝料というものはないのでしょうね」――ご相談でこうおっしゃる方がいらっしゃいます。そうではありません。ご本人の慰謝料請求権は発生しており、それを相続人が承継しています。ここは、はっきりお伝えしておきたい点です。

逸失利益も、財産的な損害として相続されます

逸失利益は財産上の損害ですから、慰謝料以上に議論の余地なく相続の対象になります。亡くなられた方の年齢、収入、就労可能年数、扶養家族の有無などによって金額が大きく変わる項目です。

ここは、保険会社の提示額と、裁判で認められる水準に差が生じやすい部分でもあります。提示された金額をそのまま受け入れる前に、弁護士にご確認いただくことを強くおすすめします。

遺族固有の慰謝料は「相続」ではない――民法711条

次に、②です。ここが、この記事でもっとも大切なところかもしれません。

民法711条という条文

民法711条は、他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならないという趣旨を定めています。

これは「相続した権利」ではありません

711条が定めているのは、ご遺族自身が受けた精神的苦痛に対する、ご遺族自身の請求権です。亡くなられた方の権利を引き継いだものではありません。
この違いは、実務で次の三つの形になって現れます。
① 相続放棄をしても、請求できます。相続放棄は「相続人でなくなる」手続ですが、711条の権利は相続によって得たものではないからです。
② 遺産分割の対象になりません。各ご遺族の固有の財産だからです。
③ 相続人でない方が請求できる場合があります。たとえば、お子さまがいらっしゃる場合、ご両親は法定相続人ではありません。それでも711条には「父母」が明記されています。

条文に挙がっているのは「父母・配偶者・子」

711条が明文で挙げているのは、父母、配偶者、子の三者です。兄弟姉妹、祖父母、孫、内縁の配偶者は、条文には書かれていません。

もっとも、被害者との身分関係や生活関係が、父母・配偶者・子に準ずるほど密接で、実質的に同等の精神的苦痛を受けたと認められる場合には、同条を類推適用して請求が認められる可能性があると説明されています。個別の事情によりますので、該当しそうな場合は必ず弁護士にご相談ください。

また、内縁の配偶者については、711条の類推適用とは別に、扶養利益の喪失といった固有の損害が認められる場合があるとされています。内縁関係と相続については内縁・事実婚の相続もあわせてご覧ください。

「相続した権利」と「遺族固有の権利」の違い 相続した権利(民法896条) 相続放棄をすると → 承継しません 相続人でなければ → 請求できません 相続債務の引当てになります 例:本人の死亡慰謝料・逸失利益 遺族固有の権利(民法711条) 相続放棄をしても → 請求できます 相続人でなくても → 父母は請求できます 遺産分割の対象になりません 例:遺族自身の慰謝料
同じ「慰謝料」という言葉でも、性質がまったく異なります

死亡事故で受け取るお金の一覧――どれが相続財産か

ここまでの整理を、一覧にしておきます。

受け取るお金相続財産か備考
被害者本人の死亡慰謝料 相続されます 最高裁大法廷 昭和42年11月1日判決
被害者本人の逸失利益 相続されます 財産上の損害として承継
死亡までの治療費・入通院慰謝料 相続されます 本人に生じた損害
遺族固有の慰謝料 相続ではありません 民法711条。父母・配偶者・子の固有の権利
扶養利益の喪失 相続ではありません 扶養を受けていた遺族の固有の損害とされる場合があります
葬儀費用の賠償 相続ではありません 実際に支出した方の損害。相続税の債務控除については葬儀費用と債務控除をご覧ください
生命保険金 受取人固有の権利 相続税ではみなし相続財産。非課税枠は500万円×法定相続人の数
香典・見舞金 相続財産ではありません 社会通念上相当な範囲であれば、通常は課税対象とされていません
[自賠責保険の限度額]
自動車事故の場合、自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)から支払われる金額には、被害者1名あたりの限度額が定められています。死亡による損害は3,000万円、傷害による損害は120万円、後遺障害は等級に応じた額とされています(自動車損害賠償保障法および同法施行令)。
この限度額を超える部分は、加害者本人や任意保険(対人賠償保険)に対する請求の問題になります。「自賠責から支払われたから、それで終わり」ではありません。最新の限度額は国土交通省の案内でご確認ください。

相続税はかかるのか――原則かからない、ただし例外がある

ご相談でもっとも多いお尋ねが、この点です。

原則――相続税はかかりません

国税庁のタックスアンサー No.4111「交通事故の損害賠償金」が、この点を扱っています。同ページの考え方は、次のとおりです。

被害者の死亡に基因して
遺族が受け取る損害賠償金
→ 原則として 相続税の課税対象になりません
国税庁タックスアンサー No.4111「交通事故の損害賠償金」

理由は、これらのお金が、亡くなられた方がもともと持っていた財産ではなく、ご遺族の側に生じるものと整理されているためと説明されています。

そして所得税も、原則として非課税です。根拠は所得税法9条1項18号――心身に加えられた損害または不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得する慰謝料その他の損害賠償金で、政令で定めるものを非課税所得とする規定です。具体的な範囲は所得税法施行令30条に定められています。

相続税 → 原則かかりません
所得税 → 原則非課税(所得税法9条1項18号)
ただし、次に述べる例外があります

例外――生前に賠償額が確定していた場合

被害者が生きているうちに、受け取ることが確定していたとき

事故のあと、被害者ご本人が存命のうちに示談が成立するなどして、損害賠償金を受け取ることが確定していた――その後にお亡くなりになった、という場合があります。
このときは、「損害賠償金を受け取る権利(債権)」が、亡くなられた時点でご本人の財産として存在していたことになります。したがって、その債権は本来の相続財産として、相続税の課税対象になります。
「事故の賠償金だから非課税」と一律に考えるのは危険です。――いつ、何が確定していたのかによって、扱いが変わります。

もう一つの注意――「相続税がかからない」=「申告不要」ではありません

ここも、混同されやすい点です。

損害賠償金に相続税がかからないとしても、亡くなられた方には他の財産があります。預貯金、ご自宅、有価証券――これらを合計した課税価格が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えれば、相続税の申告が必要です。

さらに、生命保険金は損害賠償金とは扱いが違います。相続税ではみなし相続財産とされ、500万円×法定相続人の数の非課税枠を超える部分は課税対象になります。「事故の関係で入ってきたお金は全部非課税」ではないのです。

また、事業をなさっていた方の場合、損害賠償金のうち事業収入の補填にあたる部分などは、課税関係が異なることがあります。受け取られた金額の内訳がわかる書類(示談書、支払明細など)を保管したうえで、税理士にご確認ください。相続税がかからない財産の全体像は相続税の非課税財産とは――相続税法12条が定める7つ、お墓と仏壇、500万円×法定相続人の数、申告期限までの寄附を完全ガイドをご覧ください。

遺産分割の対象になるか――可分債権の当然分割という考え方

次に、実際に「どう分けるのか」という問題です。

金銭債権は、原則として当然に分割されると解されています

被害者ご本人の損害賠償請求権は、金銭債権です。判例上、可分債権は相続開始と同時に、各相続人に法定相続分に応じて当然に分割して承継されるという考え方が、原則として採られていると説明されています。

つまり、不動産のように「遺産分割協議で誰のものか決める」という手順を、必ずしも要しないのが原則、ということになります。

[預貯金は扱いが違います]
なお、預貯金債権については、最高裁大法廷の平成28年12月19日決定により、遺産分割の対象となるとされました。「金銭債権だから当然分割」という説明が、預貯金にはそのまま当てはまらない点にご注意ください。預貯金の払戻しについては遺産分割前の預貯金の払戻し制度をご覧ください。どの債権がどう扱われるかは専門的な判断を伴いますので、実際の場面では弁護士にご確認ください。

ただし、実務では相続人全員でまとまって進みます

法律上の建前は当然分割であっても、実務は違う動き方をします。

保険会社との示談では、相続人全員の署名・押印と印鑑証明書を求められるのが通常です。理由は単純で、あとから「私は聞いていない」と言われては困るからです。

その結果、実際には次のような手順になります。

  1. 相続人を確定する 戸籍を集めて、相続人が誰かを確定します。ここが済まないと、示談の相手方が決まりません。戸籍の集め方は戸籍の集め方と法定相続情報一覧図を、2024年からの広域交付制度は戸籍の広域交付をご覧ください。
  2. 賠償額の内訳を確認する 提示書のなかで、どこまでが本人分(相続財産)で、どこからが遺族固有分かを確認します。ここが曖昧なままだと、あとの分け方でもめる原因になります。
  3. 相続人全員で示談内容を検討する 示談は、原則としてやり直せません。金額の妥当性は、必ず弁護士にご確認ください。
  4. 受領方法と分け方を決めておく 代表者の口座でまとめて受け取る場合は、受領後の分配について書面で合意しておくと、後日の争いを防げます。

「代表者がまとめて受け取る」ときこそ、書面を

実務では、相続人の代表者が一括して受け取り、あとで分配するという形がよくとられます。手続としては簡便ですが、ここでの行き違いが、後になって深刻な争いに発展することがあります。
「誰が、いくら受け取り、誰に、いくら渡すのか」を、受領の前に文書にしておいてください。本人分(相続分に応じて分ける部分)と、遺族固有分(各自のもの)を分けて書いておくと、なお安心です。使い込みをめぐる争いについては相続の「使途不明金」とはもご覧ください。

相続放棄をお考えの方は、受け取る前に必ずご相談ください

ここは、この記事のなかでもとくに重大な注意点です。相続放棄を検討されている場合、示談金の受領には特別な注意が必要です。
民法921条1号は、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなすという趣旨を定めています(法定単純承認)。したがって、示談金のうちご本人分――死亡慰謝料や逸失利益など、相続財産にあたる部分――を受け取ったり使ったりすると、相続放棄ができなくなるおそれがあります。
民法711条にもとづくご遺族固有の慰謝料は、ご遺族自身の権利ですので、その部分の受領は性質が異なります。けれども――一括で振り込まれてしまうと、本人分と固有分の区別がつかなくなります。「固有分のつもりで受け取ったのに、あとから本人分の処分だと指摘された」――この形が、もっとも怖いところです。
借入金があって相続放棄をお考えの場合は、示談書に署名なさる前、そしてお金を受け取られる前に、必ず弁護士にご相談ください。順番を間違えると、取り返しがつきません。相続放棄の手続については相続放棄の手続と3か月の期限もご覧ください。

ご相談事例
※以下は、実際のご相談を参考に構成した架空の事例です。特定の個人・団体とは関係ありません。

「父に借金があるので、相続放棄を考えています」――Dさまのご相談

Dさま(40代・女性)がお越しになったのは、お父さまが横断歩道での事故で亡くなられてから3か月ほど経ったころでした。相続人はお母さま、Dさま、弟さまの3人です。

お話は、二つに分かれていました。ひとつは、加害者側の保険会社から示談の提示が来ていること。もうひとつは、お父さまに事業のころの借入金が残っていることでした。

「借金があるので、相続放棄をしようかと家族で話しています。でも、そうすると事故の賠償金も一円も受け取れなくなるのでしょうか」――これが、いちばんのご心配でした。

ご説明したのは、次の点です。

まず、お父さまご本人の死亡慰謝料と逸失利益は、相続によって承継するものです。ですから相続放棄をすれば、この部分は受け取れなくなります。――ここまでは、Dさまのご心配のとおりでした。

ところが、それで全部ではありません。お母さま、Dさま、弟さまは、いずれも民法711条の「配偶者」「子」にあたります。711条にもとづくご遺族自身の慰謝料は、相続した権利ではありませんから、相続放棄をしても請求できるのです。「一円も受け取れない」わけではありません。

Dさまは、しばらく黙っておられました。そして「その二つは、まったく別のものなのですね」とおっしゃいました。そのとおりです。同じ「慰謝料」という言葉でも、性質が違います。

もうひとつ、お伝えしなければならないことがありました。相続放棄には、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」という期限があるということです。すでに3か月が目前でした。借入金の額の調査が終わっていないとのことでしたので、期間の伸長を家庭裁判所に申し立てるという方法があることもお伝えし、その日のうちに弁護士をご紹介しました。

示談についても、提示された金額をすぐに受け入れないようお願いしました。示談は、原則としてやり直しがききません。そして、提示書の内訳のうち、どこまでが本人分で、どこからがご遺族固有分かを、弁護士に確認していただくようお伝えしました。

――お帰りぎわ、Dさまがおっしゃいました。「借金があるから全部あきらめる、と決めてしまうところでした」。ご心痛のなかでは、こうした思い込みが生まれやすいものです。決める前に、一度おたずねください。それだけで、選べる道が変わることがあります。相続放棄そのものについては相続放棄の手続と3か月の期限もご覧ください。

期限と手続――時効は5年(民法724条の2)、示談と相続放棄の関係

最後に、期限のお話です。ここを外すと、取り返しがつきません。

消滅時効――人の生命・身体を害する不法行為は5年

不法行為にもとづく損害賠償請求権の消滅時効は、民法724条が定めています。

条文内容
民法724条1号 被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年間行使しないとき
民法724条2号 不法行為の時から20年間行使しないとき
民法724条の2 人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権については、724条1号の「3年間」を「5年間」に読み替える
死亡事故の損害賠償請求権
損害および加害者を知った時から 5年
不法行為の時から 20年
民法724条・724条の2
[「3年」と書かれた解説にご注意ください]
民法724条の2は、2020年(令和2年)4月1日に施行された改正民法で新設された規定です。それ以前は、生命・身体を害する場合も含めて3年とされていました。いまでもインターネット上には「交通事故の時効は3年」と書かれた解説が残っています。
なお、施行日より前に発生した事故については、経過措置の適用関係を確認する必要があります。ご自身のケースで何年になるかは、必ずe-Gov法令検索で現行条文をご確認いただくか、弁護士にご相談ください。

相続放棄との関係――3か月の期限が先に来ます

時効より先に来るのが、相続放棄の熟慮期間です。民法915条1項は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続の承認または放棄をしなければならないと定めています。

整理すると、次のようになります。

手続期限根拠
相続放棄・限定承認 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月(家庭裁判所に期間の伸長を申し立てる方法があります) 民法915条1項
準確定申告 相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月 所得税法124条・125条
相続税の申告・納付 相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月 相続税法27条1項
損害賠償請求権の消滅時効 損害および加害者を知った時から5年/不法行為の時から20年 民法724条・724条の2

詳しい流れは相続手続きのスケジュール、準確定申告は準確定申告をご覧ください。

示談は、原則としてやり直せません

署名する前に、必ず弁護士にご相談ください

示談は、当事者間で紛争を終わらせる合意です。いったん成立すれば、あとから「やはり金額が低すぎた」と主張することは、原則としてできません。
死亡事故では、逸失利益の算定方法、慰謝料の水準、過失割合によって、金額が大きく変わります。保険会社の提示額が、裁判で認められる水準と同じとは限りません。
そして、ご遺族の側は、たいていの場合はじめての経験です。相手は日々この業務をなさっている専門家です。この非対称は、専門家に入っていただくことでしか埋まりません。――当センターにご相談いただいた場合も、賠償額に関わる部分は、必ず交通事故に詳しい弁護士におつなぎしております。

― 私たちから一言 ―

「お金の話をするのが、申し訳なくて」――そうおっしゃる方にこそ、お伝えしたいこと

事故でご家族を亡くされた方のご相談は、他のご相談とは、まったく空気が違います。まだ、現実として受け止めきれていない――そういう時期に、示談の書類が届く。保険会社から電話が来る。役所の手続がある。悲しむ時間さえ与えられないまま、判断を求められるのです。

ご相談の場で、こうおっしゃる方がいらっしゃいます。「父が亡くなったばかりなのに、お金の話をするのが申し訳なくて」と。そのお気持ちは、痛いほどわかります。けれども、私はこう申し上げるようにしております。「これは、故人が遺してくださった、ご家族を守るための最後のものです」と。

そのうえで、専門家として申し上げたいことが三つあります。

ひとつは、「即死だったから、父の慰謝料はない」とお考えにならないでいただきたいということです。最高裁大法廷は昭和42年11月1日の判決で、慰謝料請求権は損害の発生と同時に発生し、相続人が承継すると判示しました。言葉を遺す間もなく逝かれた方のご遺族が救われないことのないように――そういう判断だったと、私は理解しております。

ふたつめは、相続放棄を「全部あきらめること」と思い込まないでいただきたいということです。故人に借入金があり、放棄を選ばれるご家庭は少なくありません。けれども民法711条にもとづくご遺族自身の慰謝料は、相続した権利ではありませんから、放棄をしても請求できます。――この一点を知らないまま、すべてをあきらめてしまわれるのは、あまりに惜しいことです。

みっつめは、示談書に署名なさる前に、必ず一度、弁護士にご相談いただきたいということです。私どもは相続の専門家であって、賠償額の算定は弁護士の領域です。だからこそ、はっきり申し上げます。示談は、原則としてやり直せません。そして、はじめての経験であるご遺族と、日々この業務をなさっている相手方とでは、持っている情報が違いすぎます。署名は、いつでもできます。急がされる理由は、ご遺族の側には一つもありません。

最後に。「何から手をつけたらよいかわからない」――その状態で結構です。お電話をいただければ、まず何が期限のあるものかを、ご一緒に整理いたします。相続放棄の3か月、準確定申告の4か月、相続税の10か月。期限のあるものだけ押さえてしまえば、あとは、ゆっくりでよいのです。どうぞ、お一人で抱え込まないでください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

死亡事故の損害賠償金でよくある7つの落とし穴

最後に、実務でとくに多い誤解を7つ、整理いたします。

  1. 「即死だから、本人の慰謝料は生じない」と考えてしまう 最高裁大法廷 昭和42年11月1日判決は、慰謝料請求権は被害者が請求の意思を表明しなくても損害の発生と同時に発生し、相続人が承継するという趣旨を判示したものと理解されています。即死の場合も、ご本人の慰謝料請求権は相続されます。
  2. 遺族固有の慰謝料まで、遺産分割の対象に入れてしまう 民法711条にもとづく慰謝料は、父母・配偶者・子それぞれの固有の権利であって、相続した権利ではありません。遺産分割の対象にはならないのが原則です。示談書の内訳で、本人分と遺族固有分を分けて確認してください。
  3. 「相続放棄をしたら、何も請求できない」と思い込む 相続放棄をするとご本人の損害賠償請求権は承継しませんが、民法711条にもとづくご遺族固有の慰謝料は請求できます。受取人が指定された生命保険金も、受取人固有の権利として受け取れるのが原則です。ただし、示談金のうち本人分(相続財産にあたる部分)を受け取って使ってしまうと、民法921条1号の法定単純承認にあたり、相続放棄ができなくなるおそれがあります。放棄をお考えの場合は、お金を受け取られる前に必ず弁護士にご確認ください。
  4. 「損害賠償金は非課税だから、相続税の申告はいらない」と考えてしまう 損害賠償金に相続税がかからないとしても、他の財産を合計した課税価格が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えれば、申告が必要です。生命保険金はみなし相続財産で、500万円×法定相続人の数を超える部分は課税対象になります。
  5. 「賠償金だから、いつでも非課税」と一律に考えてしまう 被害者が生前に損害賠償金を受け取ることが確定していた場合、その債権は本来の相続財産として相続税の課税対象になります。また、事業収入の補填にあたる部分などは課税関係が異なることがあります。内訳のわかる書類を保管し、税理士にご確認ください。
  6. 時効を「3年」だと思い込んでしまう 民法724条の2により、人の生命または身体を害する不法行為については、損害および加害者を知った時から5年です(不法行為の時から20年は変わりません)。2020年4月1日施行の改正で新設された規定で、それ以前の事故については経過措置の確認が必要です。
  7. 相続人の一部だけで示談してしまう/急いで署名してしまう ご本人分の請求権は相続人全員に関わります。実務では、保険会社から相続人全員の署名・押印と印鑑証明書を求められます。示談は原則としてやり直せません。署名の前に、必ず交通事故に詳しい弁護士にご相談ください。

この記事のまとめ

  • 死亡事故で動くお金は、①被害者本人の損害賠償請求権(相続される)②遺族固有の権利(相続ではない)③保険契約にもとづく給付(受取人固有の権利)の三つに分けて考える。
  • 被害者本人の死亡慰謝料・逸失利益・死亡までの治療費等は、民法896条により相続人が承継する。
  • 慰謝料請求権について最高裁大法廷 昭和42年11月1日判決(民集21巻9号2249頁)は、被害者が請求の意思を表明しなくても損害の発生と同時に発生し、相続人が承継するという趣旨を判示したものと理解されている。即死の場合も同じ。
  • 民法711条は、被害者の父母・配偶者・子に固有の慰謝料請求権を認める。これは相続した権利ではないため、①相続放棄をしても請求でき、②遺産分割の対象にならず、③相続人でない父母も請求できる。
  • 兄弟姉妹・祖父母・孫・内縁配偶者は711条に明記されていないが、身分関係・生活関係が父母等に準ずるほど密接な場合には類推適用の可能性があるとされる。内縁配偶者には扶養利益の喪失が認められる場合もある。
  • 自賠責保険の限度額は、死亡による損害が被害者1名につき3,000万円、傷害が120万円、後遺障害は等級に応じた額(自動車損害賠償保障法・同法施行令)。超える部分は加害者本人や任意保険への請求の問題になる。
  • 被害者の死亡に基因して遺族が受け取る損害賠償金には、原則として相続税はかからない(国税庁タックスアンサー No.4111)。所得税も原則非課税(所得税法9条1項18号、同法施行令30条)。
  • 例外として、被害者が生前に損害賠償金を受け取ることが確定していた場合、その債権は本来の相続財産となり相続税の課税対象になる。
  • 「損害賠償金が非課税」=「相続税の申告不要」ではない。他の財産を含めた課税価格が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えれば申告が必要。生命保険金はみなし相続財産で、非課税枠は500万円×法定相続人の数。
  • 本人の損害賠償請求権は金銭債権であり、可分債権は相続開始と同時に法定相続分に応じて当然分割されるという考え方が原則とされる。ただし預貯金債権は最高裁大法廷 平成28年12月19日決定により遺産分割の対象とされており、扱いが異なる。
  • 実務では、保険会社が相続人全員の署名・押印と印鑑証明書を求めるのが通常。代表者が一括して受け取る場合は、受領前に分配方法を書面化しておく。
  • 消滅時効は、民法724条の2により、人の生命または身体を害する不法行為について、損害および加害者を知った時から5年(民法724条2号の不法行為の時から20年は変わらない)。2020年4月1日施行の改正で新設されたため、それ以前の事故は経過措置の確認が必要。
  • 先に来る期限は相続放棄・限定承認の3か月(民法915条1項)、準確定申告の4か月、相続税の申告・納付の10か月。熟慮期間は家庭裁判所への申立てにより伸長できる場合がある。
  • 相続放棄を検討している場合、示談金のうち本人分(相続財産にあたる部分)を受け取って処分すると、民法921条1号の法定単純承認にあたり、相続放棄ができなくなるおそれがある。711条の遺族固有分は性質が異なるが、一括で振り込まれると本人分と固有分の区別がつかなくなる。受領の前に弁護士に相談する。
  • 示談は原則としてやり直せない。賠償額の妥当性については、署名の前に必ず交通事故に詳しい弁護士に相談する。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。本記事は法律上または税務上の助言を提供するものではなく、特定の事故についての賠償額、請求の可否、示談内容の妥当性、課税関係を保証するものでもありません。死亡事故の損害賠償は、事故の態様、過失割合、被害者の年齢・収入・扶養関係、保険契約の内容、相続人の構成など、個別の事実関係によって結論が大きく変わり得る事項です。とくに、賠償額の算定、遺族固有の損害の範囲、相続放棄をすべきかどうかの判断、消滅時効の起算点と経過措置の適用については、判断を誤りやすい領域です。本文で述べたとおり、民法724条の2は2020年4月1日施行の改正民法で新設された規定であり、施行日前に発生した事故については経過措置の適用関係を確認する必要があります。また、損害賠償金の課税関係は、受け取るお金の性質と、賠償額がいつ確定したかによって変わります。記載した法令名・条項・数値は執筆時点で一次情報により確認したものですが、法令・通達・保険制度は改正される可能性があります。本記事の内容は2026年8月時点の情報に基づいていますが、実際にご検討される際は、必ずe-Gov法令検索、国税庁などの一次情報で最新の内容をご確認のうえ、賠償に関する事項は交通事故に詳しい弁護士に、課税に関する事項は税理士にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

「何から手をつけたらよいかわかりません」――そのご相談からで結構です

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